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第89話 大浮き球(後編)

第89話 大浮き球(後編)


 店を出てから車に乗って、すぐにふと疑問に思ったことがあった。


 「そういえば、浜本さんはどうやって近づいてきていると分かったのでしょうか。あれ位の遅さなら止まっているように見えてもおかしくはないはずですよね」


 「?浜本さんの部屋の窓から、向かいの家の間越しに見えていて、外壁を目盛りに見立てたからではありませんでしたか。浜本さんも公園でそう言っていたと思います」

 不思議そうな顔をした藍風さんが説明する。


 「あれ…。そうでしたか。すみません、すっかり忘れていました」

 ド忘れしていたらしい。


 「…あの大浮き球が『浮きもの』という妖怪に似ているという話は覚えていますか。昨日の夜、ホテルで話したのですが」

 念のため、と言わんばかりに聞いてきている。


 「…話したことは覚えていますが。すみません、名前は忘れていました」

 こんなに物忘れは激しかっただろうか。疲れているのだろうか。それは言い訳にしてはならないが。


 「私の名前は分かりますか」

 藍風さんの声色から少し困ったような、心配したような顔をしているのがわかる。


 「それは大丈夫ですよ。藍風さんですよね」


 「はい。…あの、名前は分かりますか」

 少し声が上ずっている。


 「知都世さんですよね」


 「はい」

 何かがわかったのか、声は明るくなった。


 その後は、ざっくりと色々な質問をされたが、どれも答えることができていた。初めて会った山やハロウィンから、綾小路氏の別荘まで2人の記憶は一致していた。本格的に参っていると思った。特に思い入れはなかったけれども、家に帰っていないことが深層心理で効いているのかもしれないと思った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 海辺に近づいたころ、藍風さんが何かに気づいたようだった。ハッと息をのむような音が聞こえた。


 「あの、まずいかもしれません。大浮き球の気配が強くなっています」


 「本当ですか。少し急ぎます」

 法定速度の範囲でスピードを上げるようアクセルを強めに踏む。中古だからそんなに加速しないことがもどかしい。



 海が見えるところに出ると藍風さんの言ったことを示すかのように、大浮き球が海岸に予想よりも近づいていた。すぐに行こうと思ってはいたが、それを妨げるようにタイミング悪く信号に引っかかってしまった。藍風さんはポケットからスマホを取り出して協会に電話をかけていた。


 青信号になって車を走らせている間に、藍風さんの話もまとまったようで、電話を切ってスマホをポケットにしまう音がした。


 「上野さん、聞こえていたと思いますが、大浮き球は結構まずいです。私達は観察しながら岸に近づかないように何かします。その間に協会の対応できそうな人が大急ぎで来るので、それまで持ちこたえます。浜辺に着いたらまたこちらから連絡します」

 いつになく焦っているように聞こえる。


 「分かりました。やれるだけやりましょう」

 何が起こるのか分からないが、良くないことには変わらない。藍風さんは守るとして、他に何ができるのだろうか。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 海岸近くの空き地に車を停めて急いで浜辺へ向かった。大浮き玉は確かに速くなっていたが、急加速をしているわけではなかった。早速感覚を鋭くして観察を始めた。藍風さんが電話をかけて、協会に伝達する準備をしていた。


 「藍風さん、大浮き球の海苔のような臭いが濃くなっています。それから、死臭も少し。他の怪奇のものかもしれませんが。見た目は、そうですね、表面が削れているようです。海苔のようなものの付きが粗雑になっています。音は、呻き声でしょうか…。そういった音です」


 電話越しの相手と、藍風さんが会話している声が聞こえる。人が妖怪になったものや幽霊の可能性があるらしい。言われてみるとそう聞こえるような気もする。カニの手足が生えた魚が表面を走っている。


 「藍風さん、何かできそうなことはありますか」


 「そうですね…。私達が持っているのは札がそれなりと、幽霊瓶くらいで、2人とも攻撃の手段は持っていないから…、どうしましょう」


 「船は手配できそうにないですし、泳いだら凍えますから、札を石か何かに括りつけて投げつけましょうか。足止めくらいにはなってほしいです」

 しゃがんで適当な大きさの石を拾い、試しに投げると海岸と大浮き球の中間あたりに落ちた。

 「私が届くのは…あの辺りですね。そこに来るまでは観察しながら投げやすい石に紐で札を結びましょう」



 石を集めつつ、大浮き球の様子を観察していると藍風さんに話しかけられた。

 「あの、上野さんは気持ちがざわつきませんか」


 「私は特には。大浮き球の影響ですか」

 女性だけに影響を与える場合や、藍風さんが浜本さんと同じように波長が合いやすい場合もあるだろうが、私は特に何ともない。


 「あまり良い感情ではない、と、言いますか…」

 珍しく若干言葉を濁している。


 「まだ大浮き球は来ないから車で休んでいても大丈夫ですよ」


 「あ、はい。ありがとうございます。そこまでではないです」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あらかたの準備が終わったころ、大浮き球の様子が変わった。表面の海苔が剥がれ落ちて、隙間から髪の長い妖怪が悲嘆に満ちた表情でこちらを覗いていた。それも複数体だった。


 「中身はああなっていたのですか…。上野さん、どれくらいいそうですか」

 双眼鏡を覗いている藍風さんが尋ねてきた。

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