第9話 ハロウィン
第9話 ハロウィン
協会からの報酬は(物にもよるが)予想以上に高かった。今の仕事を辞めても生計が立つのではないかと思う。別に連中に未練はない。しかし、協会からの仕事ができているのは藍風さんやみーさんが付き添いさせてくれているおかげである。残念だが私はこの分野で自立できていないわけだから、今の能力を伸ばして、既知の手法を学ぶのがよいだろうか。HPで依頼を見ても大抵自分でどうにかできそうなものはない。そんな中、自分だけでもできそうなものが1つあった。G駅近くで行われるハロウィンイベントの監視だ。
ハロウィンは近年日本でもイベントが行われるようになってきているが、もともとは秋の豊穣と悪霊払いの行事であるという。しかし今ではそういう意味を持っておらず、むしろ仮装した人々が集まるエネルギーが怪奇を招き、生み出しうるという。降霊的な儀式を起こしているのかもしれない。その結果普段こちら側にいないモノでも普通の人に見えてしまうことがあるが、それも本格的な仮装をしているだけと思われるだけなので騒ぎにはならないのだろう。
そんな依頼に応募し、無事採用された私はハロウィンの日にG駅近くで行われるイベントに行った。依頼主は協会なので監視と観測が目的だと思われる。時間もアバウトで人数も適当である。報酬も高くはないだろう。
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現地に着くと様々な仮装をする人々が交通規制された道にあふれかえっていた。そもそも電車で向かっていた時から仮装した人々が同乗していたのを見たが。ミスマッチ感が否めないが、道の脇には祭りでよく見かけるような出店が並んでいた。毎度の焼鳥、ビール、たこ焼き、わたあめなどの他に洋菓子や弁当を売っている店も見かけた。そんな中でお面屋は浮いているように見えた。とりあえず腹を満たすのに弁当を買った。こういうところのは高価で後々無駄だと思うけれども、あの雰囲気に染まりたくてつい買ってしまう。
たいていは複数人でつるんでいて、元気すぎる大学生が騒いでいたりもした。私のように一人で歩いている人はわずかだった。ちらほらと警備員が道の脇で睨みを効かせているのが見えた。他の都市で行われたときの失敗を起こさないようにしているのだろう。怪奇は、集中すると普段よりも多くのモノを感じたが、大半は種類は普段とあまり変わらなかった。流石に多すぎるので感覚を多少調整したがまあ大丈夫だっただろう。そんな中には例えば一見仮装したフランケンシュタインに見えるモノもあったが、頭が大きすぎてこちら側に姿は見えなかった。
そんな中で見知った顔を見かけた。藍風さんだった。その隣にいるのは江崎さんと城山さんだったか。同じ学年の同じ生徒会メンバーだったと思う。こちらに気づいた3人は近づいてきた。
江崎さんはゾンビのコスプレをしていた。一見、時期柄寒いのにぼろぼろの服を着ているようだったが、よく見るとそういった模様の服だった。顔には傷のペイントがされていて3人の中で一番気合が入っていた。しかし服が密着気味なのと肌が浅黒く服の模様を同じ色のせいか、健康的なよくなさを受けるような露出をしているように見えなくもなかった。
城山さんは魔女、だろうか。三角帽をかぶってマントを羽織っていた。ふんわりした見た目とあっている。しかしマントが揺れ動くのにあわせてチラチラと見えるふくらみとこう、ちょうどよく乗っている絶対領域がよくないと思った。その動きが後ろからも見える曲線を稀に作り出していた。
藍風さんは、わからなかった。黒猫、か。黒い猫耳カチューシャをつけていた。もこもこしたものではなく、安っぽいてかてかしたものだったが逆にコスプレ感が出てしまっていた。黒髪にちょうどよく溶け合っていた。こちらを見つめる目が何かを期待しているようだった。寒がりなのか、頬が薄く赤らんでいた。唇は自然な彩りで、白く細い首筋までと調和していた。黒系のTシャツにこの間も見た紫のパーカーを羽織り、黒いパンツを履いていた。さすがにスニーカーまでは黒くなかった。尻尾はつけていないようだった。
「こんばんは。よく似合っていますよ」
私はとりあえず無難に答えた。遅いから帰りなさいと説教を垂れる立場でもないし、部活や塾でもあったら今より遅い時間に帰宅することもあるだろう。
「こんばんは。上野さんも来ていたんですね」
藍風さんが答えた。彼女も仕事ついでに来たのだろう。
「あれ、その恰好、もしかしてお揃いですか?」
なんだかうれしそうに江崎さんが言った。私も周りに合わせてゾンビの仮装をしてきていた。といっても、顔に傷のシールを貼っていただけで彼女ほど気合は入っていなかったのだが、それでも同類を見つけたと思ったのかテンションが上がっていた。
会った手前にはいさよならもどうかと思い、3人にはとりあえずで近場に出店があったシュークリームをおごり一緒に隅のベンチに座った。というのも藍風さんが少し疲れ気味のようだったからだ。それからイベントの無難な感想を言いあった。3人が来ていたのは楽しむためと、近々学校で行う行事のためだそうだ。
「あ、そろそろ帰らないと」
しばらくして城山さんがつぶやいた。
「あの、私たちそろそろ帰らないといけないので帰ります。シュークリームごちそうさまでした」
「私もだ。また遊んでくださいねー」
続けて江崎さんも立ち上がりながら言った。
「そうですか。帰りは気を付けてくださいね」
「ありがとうございます。文松駅に親が迎えに来てくれているので大丈夫です」
「私も乗せてもらうから一緒だね。知都世ちゃんまた明日ー」
良かったと思った。駅までは警備員がいるしそんなに心配しなくてよいだろうと思った。過保護だったかもしれない。帰っていく二人を見送り、藍風さんと私は仕事に移った。
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「藍風さんは何か変なモノを見かけましたか」
「数は多いですが、特別危なそうなモノはまだ見ていないです。普段見ないようなのはちらほら見かけます」
「私も同じです。一般人にも見えているようなのもいますが、みなさん仮装だとでも思っているみたいで騒ぎになりませんね」
目を細めると姿が二重になるモノが視界に入った。それはさも人間であるかのように道の中央を歩いていた。狼男の格好をした集団がそれを避けるように道を譲っていた。
「去年も何も起こりませんでしたし、念のためでしょう。ところで上野さんは何時に帰りますか」
「私はあと1時間後位に帰る予定です」
翌日も仕事があるので残念ながら長居はできなかった。
「私もです。せっかくだから一緒に回ってもいいですか」
「大丈夫ですよ」
藍風さんと私は特にあてもなくイベント会場をふらつきながら、途中でイルミネーションやパフォーマンスを見学しつつ怪奇の観察を行った。後で報告書を書くのには十分すぎる情報量だった。しだいに人の数が増し、それにつられる様に怪奇も増えていった。明らかに人型でないモノでもその影が重なり始めたが、装飾品か、よくできたロボットでもあるようだった。やがて人影がまばらになりつつあり、怪奇がその後に残った。翌日が大変そうだ。私達は帰る時間になった。
帰りの電車は異常に混んでいた。首都に比べれば大したものではないが、慣れていない人にとってはさぞ鬱陶しかっただろう。平日にああいうことをすれば皆帰る時間は重なるだろうし、臨時電車を出していたようだったがそれでももう少し考えた方がいいのではないかと思った。藍風さんは慣れていなさそうだったので壁際にもたれかかって立っていた。私は荷物を預かって、人に押されないようかばった。座席は前の電車に乗らなかった人達で一瞬で埋まっていた。
文松町についてからいつもの様に藍風さんを自宅まで送り、私も帰路についた。帰り道に藍風さんにふと思って聞いてみた。
「藍風さんはあの場にいたモノに対応する方法もわかっていたのですか」
「はい。半分ほどですが」
と藍風さんは答えた。
「でも、そのことを考えなければわざわざ分からないし、特に害を起こしているわけでもなかったですから放っておきました」
「例えばどうやるのか聞いてもいいですか」
「例えば、一緒に見た右肩から足が生えている人型のモノは近くに会った屋台の店主の右小指を目の前で折れば封印できましたし、噴水の近くでブツブツなっていた音は封筒で折り鶴を折れば聞こえなくなりました。それからこんな感じだったモノはネズミに油を塗って燃やしたものを食べた魚を12月に切断していたガラスが近くにあれば消えました」
ジェスチャー交じりで説明してくれたが、最後のはどこで見たどれだったのかよくわからなかった。その反応を見てか藍風さんがいろいろ手を変え私にわかるようにしようとしているのがほほえましかった。そして忘れないうちにあの場の怪奇についてレポートを作成し、眠った。