第84話 覆面の花売り(後編)
第84話 覆面の花売り(後編)
終電前に起きて顔を洗い、夜食を食べて完全に目を覚ましてからラウンジに下りた。外は風が収まってはいたものの、夜中だから寒かった。みーさんはまだ来ていなかったから一旦ラウンジに戻り、ソファに座って待っていた。コートから不意に薄いバターのような甘い香りがした。
少しして、朝よりも厚着をしたみーさんがエレベーターから出てきた。何かの入ったリュックサックを背負っていた。ごく簡単なやり取りをした後にホテルを出て笠登駅に向かって歩いた。
駅にはもう誰もいなかった。終電は大分過ぎていた。予め借りていた鍵を使って中に入った。警備会社の警報を、これも借りていたカードを使って止めると静かな暗闇に包まれた。みーさんがヘッドライトをつけると、明るいときにはいなかった虫の形の怪奇が群れて逃げていった。
「それじゃ、行きますかー」
「そうですね、スコップも用意してもらっていますし」
普通、こんなところにこんな時間に入れるものではない。装備のせいもあって探検しているような気分になる。ただ服装はジャケットスタイルだ。
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ホームに着いてからみーさんと2人で周囲を見渡したが覆面の花売りはいなかった。他の怪しげな怪奇もいないことを確認してから、私が先に線路に降りた。みーさんの荷物を受け取って、それからみーさんが梯子をつたって下りてくるのを見ていた。線路に降りたみーさんに荷物を返すと、みーさんはそこから振り子を取り出した。重りの部分は円錐状になっていて、みーさんがクルクルと振ると先端が様々な大きさの円を描いた。
「これはフーチですねー。普通は水脈や金脈を探すのに使います」
少しだけ先生口調になっている。
「これで人形の埋まっている場所を探すということですか」
「それが、見つかるとは限らないんですよー。やってみるだけです」
みーさんが目を閉じてフーチを手から垂らし、何かを念じ始める。動かない。
「ここじゃないですねー」
それからみーさんは数歩歩いては同じことを繰り返し、揺れの具合で進行方向を変えていった。試しに私も使わせてもらったが、振り子は動く気配がなかった。やがて大まかな範囲が定まったのか、みーさんは振り子をしまった。
「この辺り一帯なんですけれども、さすがに全部掘り出すのは無理ですよねー」
みーさんが手で示していた範囲は広い。
「そうですね、深さもわかりませんから」
「じゃあもう少し絞ってみますかー」
今度は地面に直接手を触れ始めた。少ししてからまた別の場所を触って、また別の場所を触ってをランダムに行っているようだったが、手がかりはつかめないようだった。あたったらわかるというものだ。
私はその邪魔をしないように、指定された範囲の端の方からバラストを動かしていった。元に戻せないと確実に大迷惑がかかるから、慎重にゆっくりとしかできなかった。良く許可が下りたものだ。寒い中時間が流れていった。
「あ、見つかりましたー」
みーさんの声が後方からした。そちらに向かって地面を見たが、特に違いがわからない。
「ここ、ですか。掘ってみます」
念のために場所を確認する。
「そこです。よろしくお願いします」
探索は殆どみーさんがしていたから、それくらいはやる。みーさんは少しだけかがんで両手を合わせていた。
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私がバラストを崩しながら掘り返している間、みーさんは周りに何かの粉を撒いていた。人形の働きを止めるものらしい(後、素人が使うと危険らしい)。人形はうつぶせの姿ですぐに見つかった。みーさんの言った通り、覆面の花売りの姿にそっくりで、像が二重になって見えた。その下には枯れた赤い花と青い花、それから覆面が埋まっていた。
「無事、見つかりましたねー。これで終わりですかー」
みーさんが人形に札を貼って、少し距離を取った。人形に反応はないことを確認してから再び近づき、拾い上げてリュックサックから出した袋に入れた。この袋はある程度安全に怪奇的なモノを持ち運べるらしい。
「残りの覆面と花も回収しましょー」
(終わった)
そう思ったとき、かすかに物が動く音が聞こえた。みーさんではない。無意識のうちに振り返ると覆面がこちらに向かって飛んでくるのが見える。とっさに手に持っていたシャベルを振り上げて、叩き落とす。鈍い音がして覆面は地面にぶつかり、真っ二つに割れた。急いで札をそれそれに貼りつける。
「大丈夫ですかー」
驚いた表情をしたみーさんがこちらに寄ってきた。
「何とかなったようです。覆面の方も動きましたね」
「少し意外でしたねー。人形ほど強くないように見えましたが、最後の力だったんですかねー」
みーさんは覆面を拾うと、先ほどとは違う袋にしまった。この手の怪奇は何が起こるかわからない。
花も動き出す前に(そもそも動くのか知らないが)札を貼って袋の中に入れられた。それからバラストを元に戻して、粉を水で流して(水道で汲んだ)、写真を撮って戻った。ホームの隅の方のなるべく暖かそうなところを探して、懐炉も使いながら始発前に駅員と点検者が来るのを待った。やがて駅員が現れて、借りていた物を返し、諸々の点検と諸手続きを並行して行いながら始発前に何とか間に合い解放された。
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いったんホテルに戻って、ごく僅かだが仮眠を取った。それから再び笠登駅に戻ってN駅に向かった。昼食は駅内のファミレスで食べて、その後G駅に戻った。ホームから出たときにはもう夜になっていた。