第83話 覆面の花売り(中編)
第83話 覆面の花売り(中編)
駅員に不審そうに見られながら、何か落とし物を探している風を装ってみーさんの反応を待った。少しして何か分かったらしく、みーさんは立ち上がった。
「上野さん、大体わかりましたー。一旦ここから出ましょう」
「そうですね。電車も来ないわけですから」
駅前にはまだ人がいたので、駅のすぐ近くにある公園に移動した。時間が時間だったから、ここには老夫婦が散歩している他には誰もいなかった。
「それで、分かったことなんですけどー、まず協会が下調べした件は当たっていました。4人とも、夜中に家に侵入されて、報告通りの殺し方をされています」
「その他にはいましたか」
「幸か不幸か、見つけられなかったですよー。それに、覆面の花売りを無視した人も見つけられなかったんですねー」
少し眉をひそめながらみーさんが言う。
「つまり、問いかけられても無視すれば良いとは限らないわけですか」
「そうなんですよー。こういう新しい怪奇の噂が正しいとは限らないから、私達が話しかけられたときの安全は保障できないわけです」
新しい怪奇とみーさんは言ったが、例の怪奇は昔から知られている妖怪ではないからそう呼んでいるのだろう。「赤い○○と青い○○、どちらが良い?」という類の怪奇は広く知られてはいるが、新しい部類だ。身の安全については元々確実ではないからまあ、気にしないでおきたい。
みーさんは一旦ペットボトルのお茶を口にして、少し体を震わせると次の言葉をつないだ。風が当たらない場所にいるとはいえ、寒いだろう。
「それから他に分かったのは、それの出現箇所ですねー。幸いそんなに強くはないから弱らせて札を貼れば大丈夫でしょう」
「みーさん、寒いならこれ着てください。私は平気なので。それで、どうやって弱らせましょうか」
着ていたコートを脱いで、みーさんの肩から掛ける。
「ありがとー。そこは色々ありますが、今回は私のやり方でやりますよー。上野さんにも協力してもらいたいことがあります」
「はい。お手伝いしますよ」
みーさんのやり方、というのが気になる。それを見せてもらえるなら手伝いなど安すぎる。
「と言ってもですね、覆面の花売りに話しかけられないように注意してくださいねー」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一旦駅に戻ると、電車は午後から動く予定とアナウンスがあった。それも風次第だろうが、予報通りなのか徐々に風は弱くなっていた。ということで、早めの昼食を中華料理屋で食べて、再び駅に戻った。
駅内には既に人が少しだけいた。改札を通って、みーさんと一緒に隣のホームに向かう階段裏に向かった。
「この辺りにいたのが見えたんですけれどもねー、まだ出てきていないですか」
みーさんはひょい、と首だけを覗かせて様子を見た。
「まだ人も少ないですからね、それに、噂では朝方のラッシュ時にしか出ないことになっていますから」
「それでも、痕跡があれば辿っていけるんですよー。これなら、電車が動き始めてからですね」
階段下を触って、何かわかったのだろうか。
予定よりもやや遅く電車が動き始めたため、ホームには若干の人混みが見られた。それでも覆面の花売りは先ほどと同じ場所には現れなかった。電車が来てからみーさんは再び階段下を触り、少し長い間何かを探していた。やがて痕跡を見つけたようで、立ち上がってこちらを向いた。
「これ、線路の少し下くらいに埋まっています。覆面の花売りそっくりの人形ですねー。だから…、協会に連絡してなんとかしてもらいましょー」
線路に下りているのを見られたら一発で問題になる。というか轢かれたら死ぬ。そういう調整は協会がやってくれる。元々協会の依頼だから話は早いだろう。ただ、みーさんが説明するということが大事で、普通はそう簡単にできることではない。
「私には線路の下には何も見えませんね。少し深めのようです」
浅く埋まっているなら、隙間から姿が少しでも見えるはずだ。それに何かしらで表面に出てしまいかねない。
「なら、スコップか何かで掘り当てますかー。協会に連絡とってみますねー」
みーさんがスマホを出して、電話をかけ始めた。転送されてからみーさんが概要を話し、何度か会話のやり取りがあって交渉がまとまった。私には電話越しの声まで聞き取れるからみーさんが伝えてくれなくても内容は分かった。
流石にすぐどうこうすることは無理だったようで、折り返しの電話を待つことになった。もう一度駅から出て、喫茶店に入って少し待った。コーヒーを半分くらい飲んだところで、折り返しの電話がかかり、深夜ならということで立ち入りが許された。
その後、また駅に向かうと既に上の方から笠登駅に連絡が行っていたようだった。どういった内容の連絡が行ったのかは不明だが、駅員室で諸々の注意事項の説明を聞いて、誓約書に署名して、ようやく外に出たときにはもう暗くなっていた。夕飯を同じ中華料理店でとってからコンビニで夜食を買ってホテルに戻った。酒は飲まなかった。ずっと同じ店で外食をしているのは特に気に入ったわけではなくて、そこしか入れそうなところがなかったからだ。