第82話 覆面の花売り(前編)
第82話 覆面の花売り(前編)
死因。まずは、この調査の発端となった老人のものだ。彼は独居老人で、映画鑑賞が趣味だった。だから市街の映画館に行くのに笠登駅を利用していた。亡くなったのが分かったのは近所の人が昼過ぎになってもカーテンが開いていないことを不審に思ったからだった。警察が明らかに死亡していることを確認して、現場検証、検死の結果、何故か密室で布団の中で溺死していたということがわかった。遺体は何も濡れていないのに、溺死だった。
これは疑うのが難しい。検死されているならそうだろう。流石に写真や病理標本を見せるように言うわけにもいかないし、時間はない。見たところで専門家が分からないことを私がわかるとは思わない。
次は、赤い方とも青い方とも答えなかった、その他の答えをしたと思われる方の死因だ。まずは40代男性。彼は通勤に駅を使っていた。彼の死因は多臓器不全だった。持病もきっかけもないのにベッドの上で死んでいるのを妻が見つけたという。こちらも何かあったなら自力で起床して家族を呼ぶなり、救急車を呼ぶなりできただろうが、何故かそのような痕跡はなかったらしい。現場検証の結果だ。
これも、毒を盛ったとしても抵抗の跡や、無抵抗なら麻酔などの他の薬物が見つかりそうなものだと思う。それに、家族が捜査に協力的で、侵入の痕跡もないなら怪奇によるものとまとめられてもおかしくないのかもしれない。
その次は40代男性2人目。彼も普段通勤のために笠登駅で乗り換えていた。彼の死因は脳挫傷だった。夜中に大きな音が響いて子供が寝室に見に行くと、布団の横に置いてある箪笥が彼の頭に倒れていたのを見つけたらしい。これも現場検証ではっきりしている。偶然、何かの拍子に倒れたということになっている。
これがその他の答えをしたと思われるとまとめられていたのは、箪笥を彼の頭に倒すのは間取りや配置の都合で物理的に難しいからだった。だから家族が疑われなかったのか。面倒くさいから偶然ということにしたのだろうか。
その次は20代女性。彼女は通学に駅を使っていた。彼女の死因は出血死だった。首から胸、腹を通り、股まで一直線に鋭利な刃物で開かれていた。これは報道されていたから少しは知っていた。検死の結果、非常に鋭利なもので胸骨ごと、それでいて内臓は傷つけずにまっすぐ切り開かれていたらしい。これは他殺の可能性があるとして、今も捜査中だという。
特殊な工具でも使わなければできないような切り方だったから、怪奇がらみと考えられたようだ。確かに服を脱がせて切って、また服を着せた、それも血でどこも汚さずに、ということになってしまうから不自然すぎるのだろうか。
次は、もうなかった。この4件だけだ。これで何がわかったかというと、正直何もわからない。多分そのほかの答えをした人たちはそれぞれ別の答えをしたのだろうということくらいか。そんなことは既に予備調査で分かっているだろう。データ数が少なすぎる。
みーさんには、見せてもらった礼を改めて言ってから結局何も分からなかった旨を伝えた。みーさんの方も難航しているようだった。全員の行動を追跡できるわけではないからだった。駅の監視カメラに映っているかどうかは既にチェックされているが、画像が荒く、本人かどうかも良くわからなかった。確かに、これらの怪奇的な死があった日も含めて何かを話しているように見える人もいるが、何とも言えなかった。
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翌日、朝食は部屋で食べて、コーヒーだけ飲みに出た。バイキングのメニューは変わり映えがなかった。外は強風で、一応みーさんと駅には向かったが、電車は動いていなかった。だから道は自動車で混雑していて、バス停に長蛇の列ができていた。
ラッシュ時になると駅は他に移動手段がないだろう人たちで混雑した。強風は止まらない一方で、少なくても午前中は電車が止まることが決まった。殆どの人が一旦駅から出るのに改札に戻っていくのが見えた。その人波が二手に分かれたときだった。
(いた!)
二手に分かれたその中央に列から外れるようにして現れた。あれだ。低身長、茶色いぼろのコート、というかフード付きのマントだ。周囲の人には見えていないようで、覆面の花売りも無反応だ。花は持っているのか分からない。手元はマントの下だ。
「みーさん、いました。こちらのホームの改札近くです」
すぐに電話をかける。向こうのみーさんもスマホを持ちながらこちらを向いた。
「それ、見ていてください、消えるまで。今行きます」
「はい」
柱の近くに寄って、みーさんの言う通りに改札を見続ける。微妙に視点をずらして、目をつけられないようにする。人混みが次第に掃けていくと思ったら、第2波、向こうの改札の人たちが来て、列が続いた。
覆面の花売りは何かを物色するように首を左右に振り始めた。首を振る音が微かに聞こえる。黒い覆面をしているのが見える。すえた臭いが漂う。顔をしかめそうになるが、無表情を保つ。ターゲットになったらたまらない。
「お待たせしました」
みーさんが隣に来た。
「ああ、あれですねー。変に刺激しない方向で行きましょう」
「少し離れましょう、何か探し始めています」
「そうですねー。上野さんなら見えるでしょうから」
私達はホームの端の方にある自動販売機の近くまで行き、そこから観察し続けた。私はみーさんに話している風を装って半分後ろ向きのように歩いた。みーさんの視力?能力?でぎりぎり見える位置だ。
やがて人がいなくなり、覆面の花売りは目標を探すのをあきらめたのか、姿を消した。音も臭いも消えた。
「それじゃ、調べますねー」
みーさんがそれのいた辺りの床を触って何かを探し出した。