第79話 無名駅(中編)
第79話 無名駅(中編)
どうやら骨折はしていないし、大出血もしていないようだ。打ち所が良かったようだ。3体の黒い人型よりも、私を殴ったモノは図体が大きい。2mはあるだろうか。動きは緩慢なのには変わらない。そのまま斜面を這うように登って距離をとる。
(痛いな…)
殴られたところと打ち付けた背中がズキズキと熱を持ってきている。どうしたものだろうか。
(手っ取り早くいくか)
少し遠くにあった大きい石を何とか持ち上げる。そしてそのまま、大きい人型に跳び掛かる。動きは鈍いから狙い通りに頭蓋目掛けて石ごと当たった。先に刺した人型からするとベースは人と変わらないようだから狙ってみたが、予想通りに痙攣し始めた。急いで距離を取り、様子を見つつナイフを取りに行く。殴られたときの衝撃で、括りつけた木から外れてしまっている。
(念のために…)
ソレの動きが緩慢になってきたところで心臓辺りにナイフを一突きする。ナイフを抜くと赤黒い物が噴き出してくる。血の臭いはしない。
私は武道家でもないし、運動に強いわけでもないからこの時点ですでに消耗している。さらに長物も壊れてしまった。中々きつい。
そう言えば、札を何枚か懐に入れていたことを思い出した。黒い人型に向かって投げつけるが、少し動きを止めただけで効果はないようだ。護符も効かないくらいで、みーさんも(恐らく持っているはずの)札を使わなかったからそういう怪奇なのだろう。怪奇の強さはわからない。
他にある道具と言ったらロープくらいか。首を絞めればよいだろうか。いや、呼吸音が聞こえないから多分それには効果がない。
(逃げるか)
せめてもの時間稼ぎにと近くにあった木にロープを結び付けて、道の中央にまたがるようにする。ぎりぎり間に合った。すぐにその場から離れて駅舎の方へ向かう。少し行ったところで後ろを振り返ると、驚いたことに、黒い人型はロープに引っかかってそこから進まなくなっている。くぐる、遠回りする、切るなんてことは思いつかないようだ。
(!!)
今度は避けられた。つい先ほどまでいた場所に黒い腕がふるわれる。また人型が増えていた。近くに3体、1.3mくらいか。何故増えるのかわからないが、とにかく逃げよう。
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駅舎にたどり着いた頃には黒い人型は倍増してるようだった。わざわざ見ていないから正確な数は分からない。みーさんは電車の中にいて、私を手招きしていた。ヘッドライトの明かりでどこにいるか分かりやすかった。
駅舎からいくつかの物を持ち出して電車に乗った後は、入り口をロープで塞いだ。しばらくして、黒い人型が扉の周りに集まり始めた。
「本当にこんなのに引っかかるんですねー」
みーさんがしげしげと黒い人型を見ている。
「まあ、とりあえず」
モップの先にナイフを括りつけたもので奴らの急所を一突きする。そのままにすると堆積してしまうから動きが鈍くなったモノはモップの反対側で押して外側に動かす。
「あれですね、格ゲーのハメ技みたい」
そんな感想を言うくらい、心に余裕ができているようだ。
「あー、確かにそうですね」
そう言いながら次に来た人型の急所を突く。窓から見ると数は二十体以上はいる様だ。どんどん増えているらしい。
「それより、これからどうしますか」
「そうですねー。寒いし、時間も、もう明るくなってもおかしくないですからねー。何とか突破口があれば良いんですけれども」
みーさんは何か考えている。確かに寒い。私は半ば流れ作業のように黒い人型を外に動かしている。
「みーさんは何か武器になる物を持っていませんか」
鉈とか、斧とか。
「残念ですけれど、持っていなんですよー。上野さんがナイフとロープを持っていたことに驚きです」
「まあ、色々とありましたし、私には攻撃に使えそうな能力はないですから」
しばらくは二人とも無言で作業を繰り返していた。私がしていることは集中力がいる。急所を外してナイフを持って行かれたら、途端に何もできなくなりかねない。みーさんも色々と考えているようだが、難しいようだ。
黒い人型の大きさはまちまちであった。その割には体格は変わらなかった。拡大縮小しているようなものと表現すれば分かりやすいのかもしれない。そのうちまた2mを越えそうな人型が現れたところでみーさんが何か思いついたようだった。
「ちょっと待ってください。あれ、捕まえられませんか」
ナイフはロープを越える手前で止まった。
「あれをですか。どうやってでしょう」
「何とかロープの残りか何かで、難しそう?」
「正直、厳しいですね。結構増えていますから、ロープの向こうにも行きにくいです。それにロープの予備はそんなにありません」
「うーん…。それなら、腕くらいだったら確保できます?」
「それくらいなら、多分。切り落としてこっち側に入れれば良いですね。試しにやってみましょうか」
私はナイフとモップの向きを変えて鎌状にしてからそれの腕後方に刃を置き、そのまま手前に引くと同時に切断予定箇所をもう一つ別のモップで押さえた。刃は容易に通り、腕はこちら側に転がってきた。赤黒い液体が車内の床にかかった。それは切断面を押さえることもせず、変わらずこちらに近づこうとしていた。とりあえず、心臓近くを狙って一突きした。