第77話 終電に乗って
第77話 終電に乗って
朝はいつもの様に起きて、朝食後、溜まっていた家事を片付けた。昼食後は適度に運動をして、それからようやく本を読んだ。久々だから飽きずに進んで行った。朝から大分駆け足だったのはみーさんの依頼を手伝うためだった。
暗くなるころにG駅行きの電車に乗った。別にここまで早く移動する必要はなかったのだが、万が一のためと、それからみーさんと飲むことにしていたからだ。二人とも酒には強いが依頼があるからそこまで派手に飲むつもりはなかった。待ち合わせをした場所に行くとすでにみーさんは来ていた。
「あ、こっちですよー」
いつものジャージ風の格好の上にダウンジャケットだ。リュックサックを背負っている。私は大体Yシャツにスラックス、ジャケットにコートだからちぐはぐの組み合わせに見えることが多い。
「お待たせしました。寒いですから行きますか」
「いいですねー。どこ行きます?」
私達は特に決めていなかったので適当に2、3軒見てそのうち一番料理がおいしそうなところに決めた。夕食も兼ねているから腹には入れておきたかった。みーさんは支部に行くことが多いから駅周辺には詳しそうなものだが、特に何も言わずに隣を歩いていた。
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夕食にはまず刺身とから揚げ、それからつまみにビールを頼んだ。それから何杯か飲んだ。しめの鴨南蛮は酔いを程よく覚ましてくれる、さっぱりとした味付けの出汁にそばは香りがあって良い物だった。
話したことと言えば、殆どがみーさんの趣味の話だった。聞いていて苦でなかった。懐かしさもあった。仕事の話はパブリックスペースではするものではないのだが(どこで聞いているかわからないから、特にこの仕事はそうだ)、話の流れで私が現在退職が迫っているという話になった。
みーさんが言うには、事務仕事は専門の人がやっているから、中々その方向で協会の仕事をするのは難しいし給与も相応ということだった。世知辛い。退職後は当面、アルバイトをしながら依頼をこなせるように知識と経験を蓄えるのが目標だろうか。普通なら上手にシフトしながらこちらの仕事をメインに据えればよいだろうが、ああいう状況ではどうしようもない。まあ、時間ができたと思えば幸いか。
店を出た後はG駅に向かい、そこから電車を乗り継いでN県のN駅に向かった。道中、みーさんと私はそこまで話すことはなく(腹が満たされたのとアルコールで眠気があったからだ)、ぼーっとしていた。体が温まっていたのか、甘いオレンジのような香りが隣から漂っていた。私は依頼内容のことを考えていた。
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N県笠登市は県で4,5番目に大きい市でその中心には笠登駅がある。その駅で最近妙な噂が立っているという。それは、覆面の花売りというものだ。
笠登駅の朝方のラッシュ時に覆面の花売りは現れる。茶色いコートに低身長で、顔は黒い覆面で見えない。ぼろぼろの手には枯れかけた赤い花と青い花を持っていて、「赤い方と青い方、どっちがほしい…」としわがれた声で尋ねてくる。
赤い方、と答えるとその夜寝床に現れて両足首から大腿部まで輪切りにされて出血死する。青い方、と答えるとその夜寝床に現れて、溺死させられる。それ以外の答えでもその夜寝床に現れて殺される。無視をすれば一日中付いて来るだけで済むが、その途中で反応してしまうと翌日も現れる。
以上が噂の内容だ。始めは面白半分で話が広がっていったが、実際にその駅を利用していた老人が布団の中で溺死したことが知れると、そのことがどこかから広がっていき、駅は何となく閑散としはじめたという。
別の協会員が予備調査をした結果、その溺死は事実と分かり、他にも何人か(恐らく無視できずにその他の答えをして)死んでいることが分かった。これ以上被害が広がる前に対応が必要ということで協会からみーさんに依頼があった。
私が同行する理由は、その覆面の花売りを探し当てるのに目の数(と質)が必要だからだ。あと、多分物理要因も兼ねていると思う。
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N駅から笠登駅行きの電車は2,3時間に1本しかないので、N駅に着いた頃には終電を待つことになった。ホテルは笠登駅周辺に予約してあるから、あとは終電に乗って、現地で眠り、翌朝から駅を張るのが仕事という段取りになっていた。
時間が少し空いたので駅の待合室で暖を取った。居酒屋に行くほどの余裕はなかった。みーさんも私の他には数人が電車を待っていた。2人ともスマホを触っていた。
終電には私達の他に数人しか乗っていないようだった。ホームで見かけた人達だった。電車に乗って出発を待っている間は誰かが乗ってくる音がしなかった。発車後、途中の駅で乗ってくる人はおらず、一人、また一人と降りて行く姿や音があって、道半ばで運転手を除いて私とみーさんだけが乗っている状態になった。
駅から離れると窓の外は真っ暗で、稀に古い街灯が薄く見えるくらいだった。向かいのみーさんの長い睫毛さえも窓越しに見えるくらいだった。スマホでニュースサイトを見ながら到着を待っていると、不意に、眠気が来た。酒のせいか、慣れない移動をしたせいか…。みーさんも目を閉じていた。
(笠登駅は終点だから…)
最悪、寝入っても駅員が起こしてくれるだろう、と申し訳ないながらも睡魔には勝てず、立っていても寝そうならいっそ座って寝た方が良いかと思い、そのまま、目をつぶった。それに、視線を感じでもすれば起きる。要は、慣れだ。
気が付くと、電車は止まっていて、駅名のないホームと駅舎が目の前に見えた。みーさんを起こして一緒に探したが駅員も運転手もいなかった。