第75話 綾小路氏(後編)
第75話 綾小路氏(後編)
昼食をとって、それから仮眠をとる前に福間さんの部屋を訪ねた。しかし不在だった。藍風さんも見かけることがなかったと言っていた。外は雨が降り始めていたから室内にいるはずだったが、(昼時でもあったし、)この洋館に隠れられる所などほとんどないから、彼女の不在は不自然に感じた。
起きてから夕食までの間、私達は窓を調べつつ、福間さんを探した。窓は何度調べてもただの窓で、結局分からない物は分からなかった。ただ、意外と頑丈ということが分かった。錯乱しつつある大屋さんが近くにあった置物を叩きつけてもびくともしなかったからだ。大屋さんは通りかかりの本多さんに止められていた。
夕食はいつもの保存食だった。そろそろ別の物を食べたいと思った。ただ、地沢町の中央に出るにも相当時間がかかる。最低限の買い出しができるくらいだった。私達の場合は、車を動かすと下にある抜け道が見つかる可能性も、他の人が車を停めて抜け道が使えなくなる可能性もあるから動くに動けなかった。早いうちに買っておくべきだった。
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夕食後は作戦を立てるということで全員が集まった。福間さんも遅れてきた。こちらの姿を見つけて少ししたり顔になって入ってきた。会議には中身はなかった。
部屋に戻ってすぐに福間さんが訪ねて来た。丁度手が離せなかったので藍風さんが応対した。扉を閉めるや否や、福間さんは口を開いた。
「ねえ2人とも、見つけましたよ!ゾンビ召喚の中枢です!」
興奮している。嘘は、ついていない。騙されているわけではなさそうだ。
「すごいですね、どこにあったのですか」
藍風さんが釣られるようにほんの少し興奮している。
「それがですね、あの地下室、もう一部屋下にあったんですよ。枯れ木の中のパイプを通って行ったんですけれども、中で分岐していまして、もう一方が中枢に繋がっていたんです」
一人で行ったのか。アクティブというか危険を顧みないというか。だから探したときに見つからなかったのか。
「それなら、すぐ行きたいのは山々ですが、今から枯れ木に行くのは流石に不用心ですね…」
深夜まではまだ時間があるが、ゾンビが現れるタイミングはまちまちで、非戦闘員の私や藍風さんが勝てる相手か分からない。残念だが、明日に回そうと考える。
「大丈夫ですよー。もう地下室に穴を開けてありますから!」
地下室に駐車場から入ると(今度は予めロープを垂らしておいた)確かに床に穴が開いていて、下にもう一部屋あった。また、爆発させて開けたようだった。下に降りるための縄梯子が机に結び付けてあった。穴から下を見ると古い石像が魔法陣の上に置かれていたのが見えた。
「福間さん、あれは壊さないんですか」
一刻も早く事態を収拾するにはそうする方が良いと思うが。
「上野さん、ああいうのを無理に壊すと何が起こるか分からないじゃないですか。…つまり、私にはできないってことです…」
専門の知識がないとできないのは、セキュリティのかかったPCのようなものだろうか。誰かに聞こうかと思ったが、藍風さんが下りてきてその石像を見た途端に解決してしまった。
「あ、上野さん。分かりました。こうすればいいです」
藍風さんはポケットから財布を取り出すと1円玉をその石像の上に置いた。
「あとは別の1円玉を玄関にあった花瓶に入れて、5時間後くらいに表の噴水置けば封印できます」
「え?それだけですか?どうして?」
福間さんの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのがわかる。私も同意見だ。ただ、成功するのは分かる。しかし…。
「福間さん、これで上手くいきます。まあ、私達でやりますので。ただ、その代わり、この件は内密に」
多分、藍風さんの能力は妙なタイミングで知れるとまずい。
「うーん…。そちらにも事情があるようですし、私もこの依頼を早く切り上げたいのでそうしましょうか。うん!そうします!」
話の分かる人で良かった。嘘をついていなければよいが。
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深夜になるとまた腐臭が漂い始め、ゾンビが現れた。私達は窓から監視、他の人たちは外でゾンビたちと戦っていた。私は一旦1円玉を花瓶に入れて、それから窓の外を見ていた。しばらくは毎度変わらないいつもの光景だった。
「そろそろです」
藍風さんが時計をちらりと見て、また窓の方を向き直っていった。
「すみません、本当に。いつも…」
表情を見なくても声だけで気持ちは十分伝わっている。
「お互い様です。やり方がわかったのは藍風さんのおかげですから」
1階に降りる。瞬き程度ではゾンビが消えないことは確認済みだ。だから藍風さんが1人で見ていても少しなら大丈夫だ。今はタイミングの良いことに玄関と反対側で戦闘が行われている。玄関に行って花瓶を手に取り、外に出る。
(ゾンビが…いる…)
3体いる。こちら側に視線はないはずだ。何故だ。四人とも反対側にいたのは先ほど見た。それより今は花瓶を噴水に持って行くことだ。
ゾンビは間近にいると腐臭と迫力が窓越しのものとは段違いだ。奴らの鳴らす音や動かす体が起こす微風が立体的に伝わってくる。マスクをしてくるべきだった。嗅覚を慌てて鈍くする。手近に武器になる物はないか…。
(いや、だめだ。花瓶で手は埋まっている)
撒こう。幸い動きは鈍いようだ。走れば、たやすく逃げられる。
何とか噴水にたどり着いた。花瓶を置く時間はそろそろだ。
(!!)
風切り音が聞こえる。危ない。とっさに避けると視界の端に弓を持ったゾンビの姿が見えた。そうだ。武器を使うのを忘れていた。飛び道具も使ってくるとは。だが、もう関係ない。時間だ。花瓶を噴水に置く。
ゾンビは、空気に溶けるように消えた。腐臭も消えた。反対側でも同様でざわついている。早く戻ろう。トランシーバー越しに何が起こったか尋ねてくる声がする。適当に答えて、ひとまず洋館に集合した。
「先ほども言いましたが、この現象は終わりました」
淡々と言う。ここからが少しだけ厄介だ。
「ああ、終わった。柴原さん…」
大屋さんが感極まって泣き始めた。情緒不安定のようだ。しかしこれがありがたい。
「終わったって、どうして分かるんだ?まだ、本当に終わったのか分からないだろう?」
飯塚さんが噛みついて来る。
「現に、窓の外を見てもゾンビは現れないでしょう?いずれにしても依頼は達成していますし、後は依頼人の綾小路氏が判断することです」
バッサリと言い返す。大屋さんがまた怒り始める。
「そうだ!終わっただろ。これ以上何のために引き延ばすんだ!」
目が血走っている。
誰も大屋さんの気迫に逆らう気が起きなかったようで、話し合いは終わった。柴原さんたちも取り分はとったから切り上げ時だったのだろう。
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翌日、綾小路さんと連絡して話がまとまり、依頼は無事に終了した。福間さんは家に穴を開けたことをしきりに謝っていた。私と藍風さんは車に乗って家に帰った。考えると、車に乗って逃げても窓越しにゾンビは現れるのだろうか。建物の窓がきっかけなのか、土地にある窓がきっかけなのか。今となってはどうでも良いが。ちなみに。私が玄関から出たときにゾンビがいたのは、反対側で戦っていた誰かの視線がカーテンの隙間越しに部屋を通過してこちらを見ていたからだった。