第8話 添九島(後編)
第8話 添九島(後編)
翌日、私達は眠気を隠しもらった朝食をトイレに捨てた。何も入っていなかったようだが口にするのも気味が悪かった。前日の夕食は二人とも青菜のアレルギーと嘯いて、村長の嫁に食器を返した。彼女は笑顔でいた。
持参した朝食の後、私達は荷物をまとめて軽トラックに積んだ。念のためだが、そのまま離れに置いていられなかった。みーさんの座席の下は狭そうだったが荷台に積んでいては持っていかれるかもしれなかった。
私達はまず、日曜日に行かなかった役所や郵便局などを回った。二人ともどこにも特に何も感じなかった。みーさんが民家の一部に何か感じるかと思ったが、そもそも村長宅に何も感じていないということは子供の方には何かしらがないのかもしれない。
「村長の子供が14歳ですから、村長宅に何も感じなかったということはみーさんが学校で感じたのは例の女性でしょうね。しかし、その女性はずっと学校にいたということでしょうか」
私は先の推論をみーさんに話した。盗聴器は確認済みだ。
「民家で何も感じなかったから、多分本人だけがそういう気配を出しているだと思う。当直か何かで土日も学校にいたのかなー」
「そうなると昨日見られていますね。少し気がかりです」
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ちょうどお昼時に学校に行った。放課後までは待っていられなかったからだ。みーさんは校内から昨日と同じ気配を感じる、と言った。校長は村長から話がいっていたからなのか、狸なのか、こちらに対して歓迎の姿勢を見せていた。校舎内は特に妙な様子はなかった。トイレから出てきた女の子がこちらを不思議そうに見つめていた。
「こんにちは。環境調査に来ました。みなさんお元気ですか」
私は胸から下げいていた偽装した名刺を見せながら聞いた。みーさんは興味がなさそうにしていた。
「えと、こんにちは。みんないつも元気です。あ、でも今日は勝美先生がお休みです」
たどたどしく女の子が答えた。
「勝美先生はお母さんみたいな先生なのかな?君は大好きなんだね」
「うん!心配だから帰りお見舞いに行くんだ」
教室から誰かが女の子を呼んだ。女の子はそちらに興味が行ったのかそのまま走り去っていった。女の子に続いて、教室を覗いた。小学生のクラスらしく、皆思い思いに給食を食べていた。年長者が小さい子の面倒を見ている。男の教員がこちらに会釈した。
「ここじゃないみたい。隣の中学生の教室の方からだ」
隣の教室内を覗くと9人の中学生と男の教員が昼食をとっていた。
「あれ、男だ。でもここから嫌な気配はするのに」
みーさんは教室の扉に手をかさずと何やらし始めた。少したって怪訝そうな顔してこちらを向いた。
「ここは特別何も残っていない」
私が集中しても特別何も感じなかった。学生たちは虚ろな目をしていたが、こちらが話しかけるとまともそうな対応をした。
あての外れた私達はいったん車に戻り(校長は親切にもここで昼食をとるのを勧めてくれたが)、一休みすることにした。食事を終えたタイミングで見計らったように協会から連絡が来た。みーさんは一読するとそれを私に見せた。そこに書かれていたのは、要約すると、
『・その儀式について文献はない
・似た儀式は多くあるが一致するものはないし、目的も効果もわからない
・記録から女性の年齢や経歴はばらついていた
・子供を神社から遠ざければ儀式は起こらないだろう』ということだった。
「協会も詳しいことは分からないみたいだし、校内をもう一度見てから村長に報告しますか」
みーさんはそう言うと車から降りた。
昼食後校内に再び行ったが、女の教員は先に女の子が話していた勝美先生、という先生だけであった。さらにこの学校には当直はなく、その教員が土日に来ていたということもないようだった。私は相変わらず特別何も見つけられなかった。授業が終わり、進展しないまま帰るかと思っていた。そんな時、みーさんが何かに気づいた。
「気配が前より分散している」
不思議そうにみーさんが言った。
授業が終わって分散するものは学生とその荷物や服か。いや、土日に校内にあったもので昼前まではまとまっていたものだ。学生は特別大きいものは持っていない。部活動だろうか、体操着でグラウンドを走っている学生がいる。
「あの走っている子から嫌な気配は感じますか」
「うーん、確かにわずかに感じる。今まではなかったのに」
そうなると、多分あれだ。
「みーさん、多分昼食の材料に何か混ざっていたのだと思います。それなら土日に学校にあっても不思議ではないし、食べた後は外から見えません」
「それですね。でも食べ物はあったかな」
確かに一通り調べても気配を感じるものはなかったと言っていた。
「休日は教室にあって、平日は教室にない…目立たないもの…」
自分が学生の頃を考えた。あれだ。
「鉢植えです。それも多分高価なものです」
私とみーさんは教室のすぐ外に華美なプランターに植えられた植物を見つけた。みーさんが確認すると女の先生が熱心に世話をしているのが見えた。九宝草だ。
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多少のめどがついたのと時間が無くなった私達は、村長に連絡を取って離れに戻り報告を行うことにした。村長はひどく仲良くなったから一緒に飲むと周りに嘘をついて夕食後に現れた。みーさんはこのならわしについて話し始めた。
「まず、おっしゃっていたならわしは今年も起こるようです。ただ、子供を神社から遠ざければ何とかなるでしょう」
村長はほっとした顔をした。
「それで、何が起こっているかというと正確には分かりません。43年間隔で少なくとも過去4回、おそらく14歳の子供が9人、神社で1人の女性に死なせられています。そして最後にその女性も死んでいます。それに既存の呪術的な意味合いはないようです」
「今年は学校の教員がその女性役でしょう。彼女が育てた九宝草を子供たちに食べさせることで何かしらの意味を持たせてこれを起こしているようです。不思議なことに島内の他の九宝草は特に何もありません。既に大分口にしているようですから、九宝草を絶つより子供を神社から遠ざけれるのがベストでしょう」
ここまで語ると村長が口を開いた。
「勝美先生はいったい何者でしょう」
「彼女の家を尋ねましたが、普通の女性です。何故そうしているのかは本人にもわかっていません。そのままにしていれば、その時が来たらそうする存在になってしまうのでしょう。彼女をどうこうするのは何が起こるかわからないのでやめた方がいいと思います」
みーさんは何も気配を感じていなかった。
村長はそれからしばらく質問を繰り返していたが、みーさんの答えはたいてい「よくわかりません」だった。村長はこちらにお礼を言って、明日島民に話すと言った。自分の子供が死ぬかもしれないことがなくなるのならうれしいのだろう。私達は変わらず交代で眠り、翌日の朝を迎えた。この日も特に何もなかった。
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翌日、予定より早く船を頼み、九宝島からの迎えを待った。村長は港まで送ってくれた。彼はこのならわしを止めて、それからこの島をより良くしていくと自分を鼓舞するように私達に話し、改めてお礼を言ってくれた。老人たちの陰湿なねばつくような気配を遠くから感じていた。私は彼がこの島を活発にした時にはまた観光に来ると約束した。こういう人は嫌いではなかった。みーさんはさすがに眠そうだった。
やがて帰りの船が来て、添九島を離れた。心が軽く感じた。数日後、ならわしには何の効果もないだろうということがわかり、それを村長に伝えた。ただ、後日、みーさんも私もある意味予想していた通り、島で11人の死体が見つかった。添九島はこれまで通りだった。