第71話 停滞(中編)
第71話 停滞(中編)
音で調べたといっても、何か大事な管が走っていたらどうするつもりだったのかだとか、どうやって元に戻すのかだとか、そういうことを福間さんは何も考えずにやってくれた。それらしいところにつながったから結果オーライだが。
「今のはいったい…。何が起こったのですか」
それに原理がさっぱりわからない。
「えーと…。信用してくれたからざっくりと言いますけれども、音とか風とか破片を、こう、消したんですよ」
「何とも不思議な方法ですね。ちなみに爆発は…」
「あれは、あの札に仕込んである火薬ですよぉー」
量を間違えたらどうなっていたことだろうか。この人は別の意味で危険だ。最悪、藍風さんだけでも逃がさないと。そう思って藍風さんを見る。あっ、という顔をしている。
福間さんの方を再び見ると、ちょうど穴の中に飛び込んで行くところだった。止める間もなかった。
「福間さん!大丈夫ですか!」
深さはそんなにない。建物1階分くらいだ。それよりも有毒ガスが滞留していないだろうか。
「ここ、風の流れがありますよ!森の匂いもかすかにします!どこかと繋がっているみたいです!」
その部屋が何かわからないし、換気口なのか、本当の出入り口なのか知らないが、ともかく、下りても即死することはなさそうだ。自分の嗅覚は異常に鋭敏だが、ここまで危ない物の臭いはしない。すえた臭いはするが。
「藍風さん、先に下ります。安全だったら合図しますので、ゆっくり下りてください」
「はい。気を付けてください」
後ろ向きに足を先にして穴に入りながら、縁に手をかけてぶら下がり、ストンと落ちる。少し足が痺れたが、これくらいなら大丈夫だ。福間さんは既に懐中電灯を点けて部屋の中にあった本棚を調べている。
「藍風さん!大丈夫です!」
その合図を機にそっと足から下りてくる。登山服風のズボンの中の脚は細い。たまにちゃんと食べているのか心配になる。そんなことを考えていたら動きが止まっていた。腰のあたりまで穴を通ったが、手だけではぶら下がれないようだ。かといって上ることも難しそうだ。
「受け止めるので下りてください!」
再びゆっくりと下りてくる。腰のあたりを掴むとすぐに限界が来たようでずるり、と藍風さんが落ちてくる。胸元で抱きとめるようにして衝撃を和らげ、トンと地面に下ろす。
「ありがとうございます」
藍風さんは、不格好に下りたからか少し照れていた。
「何してんですか。人が調べているのに」
福間さんの集中を途切れさせてしまったらしい。
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部屋の中にあったのは本棚と机、椅子、それから天井(穴が開いている所とは別)に出入口らしきもの、床の隅には排水溝があって、わずかに傾いていた。所々に色が変わっている場所があった。空気は天井から下に流れているようだった。本棚は福間さんが調べていたので、藍風さんは机、私は出入口らしきものを調べることにした。
椅子に乗って、取っ手らしきものに手をかける。蓋にはスリットが入れてあるから、何かが蓋の上で堆積していて、開けたとたんに落ちてくるということはなさそうだ。スリットの向こうはつるつるとしたパイプのようなものが見える。取っ手を引くと、簡単に開いた。
ふたの向こうは瀬戸物のようなものでできていて、表面は滑らかだ。ここから上に上っていくのは至難だ。どうやってこんなものを地上まで隠しているのかは分からないが、そこから縄梯子を垂らして昇降しないと出入りできないようになっているようだ。一旦切り上げよう。
藍風さんに合流して、一緒に机の中を探す。スタンドはないが、私達のように懐中電灯を持って出入りしていたのだろう。藍風さんが開いた引き出しには様々な石があったようで、一つ一つ見ている。別の引き出しを引っこ抜いて中身を見ると、乾燥した動植物の組織がガラス瓶に分けられて入っていた。
(ただのコレクションにも見える…)
ラベルが貼ってあればまだわかったが、殆どはおおまかに葉、根、骨の破片、毛というくらいしかわからない。たまにトカゲの尾、イチョウの葉、と分かるものもある。
「これ見てください!」
福間さんから声がかかった。藍風さんとそちらに行く。差し出されたページを見ると、大変丁寧なことにゾンビ召喚の儀式について書かれていて、鉛筆で重要と思われるところに線が引いてあった。問題は、(多分)ラテン語で書かれているから内容は全く分からないということだった。タイトルだけ英語が併記されていた。
「福間さん、読めるのですか」
一流の霊能力者は色々と勉強をしているようだ。と尊敬の念を送ろうとするが…。
「いえ、全くです。ここにゾンビと書かれていますよね?それだけです」
「私も読めません」
藍風さんがそっと言った。
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他にもこの部屋を使っていた人が利用したであろう本の頁には印がつけてあった。私と藍風さんが調べていた机にあったのは材料だろうということは推測できた。
長時間滞在していたので戻ることにした。本は持って来た袋に詰めて福間さんが背負った。私は藍風さんを肩に乗せて、椅子の上に乗って、藍風さんに先に上に上がってもらった。藍風さんは車からロープを出して、車に結び、それをつたって私と福間さんは上に上がった。穴は適当な似ている色の板をかぶせて塞ぎ、その上から車を停めたのですぐには気づかれないだろう。
あとは部屋に戻って、G○○gleレンズを使い翻訳していくだけだと思っていた。しかし、殆どの字は活版印刷でかすれていたのと、鉛筆の線が字にかぶさっていて、結局手打ちで入力しながら翻訳した。