第65話 元旦
第65話 元旦
年が明けた。突き抜けるような快晴だった。朝早く目覚めて朝食を食べ、硬貨虫に餌のクリップを上げて、のんびりとコーヒーを飲みながら本を読んでいるうちに少ない年賀状が届いた。集配コースが変わったのだろうか。スマホの分も届いていた。
一段落した辺りで近所を散策した。自転車を走らせると冷たい空気が心地よかった。昨日買い物袋を買った雑貨屋の前を通ったが、付喪神化していた物が元に戻っていた。大晦日の時はそういうのが起こりやすいだけだったのか。そこで上手く?いけば付喪神になれるのだろう。ボーナスタイムだ。そういう日が年内にいくつあるのだろうか。
それから昼食を食べて、駅近くの文松神社に行った。折角近くに寄ったからだ。初詣だ。神域は普段からもその辺と比べて感じる怪奇の種類が違っているが、この時は格別だった。何というか、雅な風に見える。その中でも、ひと際目立っているモノがいた。老人の姿であるが、頭にキリンのような角があった。それは老人とは思えない速さで私に近づくと、確実に私の眼を見て話しかけてきた。
「私が見えるか」
視界に入った時に反応したことが感づかれたようだ。こういう所にいるモノは大抵安全だが、どうしたものだろうか。まとわりつく様にこちらの顔を覗こうとしている。
「見えます」
その迫力に圧倒されて答えた。勝てる相手ではない。
「そう身構えるな。こんな日だ。戯れで降りてきただけだ。見つかるとは」
何か納得したような顔をしてこちらを興味深そうに見ている。目の奥が、見えない。神主にも見えていないのか。
(どう答えればいいんだ…)
それが何なのかわからない。現代日本語を話しているのが不思議に感じる。
「お前、その力、気を付けろ。感じるものが良いモノばかりではない。お前に話したのはあれをとって貰いたいからだ」
指を指した先には露店に並んでいたリンゴ飴だった。
(別に良いが、ただか…)
「何、礼はするさ」
そこまで言うならと、後は興味でリンゴ飴を一つ買う。意外と高い。
「それをその木の窪みに置け」
言われた通り置く。ここは死角になっているから大勢の目には止まらない。
一瞬目を離した隙に、リンゴ飴はいつの間にか老人の手に握られていた。つまり、向こう側に行ってしまったということだ。奉納のようなことをしたのか。
「礼だ。これを持っていけ」
リンゴ飴をかじって満足したのか、老人は古い金属片をくれた。木の窪みにいつの間にか入っていた。博物館に置いてあるようなものだで、保存状態は良かった。
「ありがとうございます」
礼を言うとそこにはすでに姿がなかった。
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家に戻って、貰った金属片をインターネットで検索してみた。しかし、素人ではとっかかりがないからわからなかった。硬貨虫に食べさせてみようと思ったが、これは何だか危なそうなのでやめた。何に使うかもわからないものだから適当に布にくるんで、物入れにしまっておいた。
夕食をつくって食べているときにふと思った。あの怪奇はこちらの考えを読んではいなかったか。そんな気がする。あの時他に何を考えていただろうか。大したことではないと思う。他の参拝客のお願いも読んでいたのだろう。
あの怪奇は、文松神社で拝まれている神様とは違っていた。そもそも神なのかも本当は不明だが、あの神々しさはそうであるような説得力があった。だからこういう節目に降臨して遊びで人のお願いを調べてでもいたのだろうか。
風呂に入ってから硬貨虫の様子を見ると、1枚コインを生産していた。もぎ取って見ると片面が滑らかで、もう片面に虫?のようなものが描かれていた。こちらも何に使うかわからないが、老人からもらったものよりは使いようがあると思った。
翌日、あの怪奇の姿を探そうと再び文松神社に行ったが、どこにもいなかった。後に調べて分かったのだが、あの怪奇はこの辺りで伝わる神様の姿をしていた。あの金属片はお守りのようだったが、私には今はいらない物だった。子宝のお守りらしい。何故それをくれたのか、さっぱりわからない。