第61話 猿馬(中編)
第61話 猿馬(中編)
一通り映像を見終わった後に、問題の箇所を等倍で再生し直した。雪の中、何かがカメラの前に来て止まっていたようだった。しばらくすると画角の外に出て行った。それは、周りの木々の高さから判断するとおおよそ2.5mくらいだった。肝心の姿はカメラには映っていなかった。当然だ。
「これが依頼の怪奇でしょうか」
私はどちらに聞くともなく、言ってみる。
「その可能性は高いと思います。猿馬もいますから、これ以上増えたら何かしら跡が残っていると思いますから」
藍風さんが真っ先に答えてくれる。確かに痕跡が残っていないのは不思議だった。
「私もそう思います。私も明日現地を見てみたいです」
続いて桾崎さんが同調する。座っていても小さい。
「しかし、今日カメラを置いた場所は交換した時に見ましたが、特に異常はありませんでした。反対側から見たときは、猿馬がいたくらいですか」
「うーん、そうなると、明日はその辺りを重点的に見ることにしましょう」
「そうですね、カメラも役に立つものですね。では今日はこの辺りにしますか」
「そうですね、後はやっておきます。おやすみなさい」
「上野さんと藍風さんは話し方が似ています」
会話に入り遅れた桾崎さんが呟いていたのが聞こえた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌朝、雪は止んでいた。朝食を食べに部屋から出ると桾崎さんが部屋の前でうろうろしていた。
「あ、おはようございます!」
一人では朝食を食べに行きにくかったのだろう。小学生らしい。小学生だと思う、多分。
「おはようございます。一緒に朝食に行きませんか」
「はい!」
当たっていた。元気な返事だ。
何かあったら連絡できるようにと、連絡先を交換してから階下に向かった。藍風さんはまだ来ていなかった。大体途中から合流するので特に気にしていなかった。実際、途中で自然に合流してきた。私はコーヒーを飲みながら2人が食べているのを見たり、外の様子を見たりしていた。魚は前と同じだった。
朝食後、荷物を準備して車に乗り込んだ。桾崎さんの持って来た荷物、というか装備は多かった。道は凍っていたが桾崎さんは転ばなかった。雪国生まれか、体幹がしっかりしているのだと思う。何と言うか、不思議な格好をしていた。
「桾崎さん、その装備は何が入っているのですか」
運転中、何か話題はない物かと後ろに話しかけた。
「これには、陰陽道で使う道具と修験道で使う道具が混ざっています。あ、言ってなかったですが、私は色々あって両方から師事を受けているんです」
なるほど。それで、両方の服を混ぜたような格好なのか。それよりもだ。
「両方と言うのは弦間さんともう一人は…」
「嶽さんです」
カメラの交換をしながら上流から2番目の地点まで行った。その間、特に何も見つかることもなかった。桾崎さんは何か気配が微かにすると言っていた。目的地にも特に何もなかった。誰も何も見つけられなかった。止む無くすべてのカメラを交換して、女将からもらった昼食を食べた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
食後、再び2番目の地点に行った。しかたない、と思った。
「これから下に降りますから、何かあったら知らせてください。姿があるからいるなら私でも気づくことができるはずです」
桾崎さんもいるし(子供だけれども)、危ないのが出ても何とかなるだろう。藍風さんの能力にも足しになる。
「気を付けてくださいね」
土手を慎重に滑り降りる。周囲の音に耳を傾けて、進行方向から眼をそらさずに、臭いや触覚にも注意を払う。何かいないか…。一歩一歩進んでいくと川原にたどり着いた。大丈夫だった。
(何かあるだろうか)
当たりを見渡すと角度が違うからだろう、見ていたものが違って映る。
「少し下流に向かいます」
土手の上に向かって言う。
「はい」
藍風さんの返事が聞こえる。桾崎さんは棒?を構えていつでも飛び出せるようにしている。
警戒しながら進んで行く。水の流れる音が一層大きく聞こえる。足場は悪い。普通に危ない。何かいないか…。落ちていた枯れ枝で辺りの雪を散らしていく。あった。
(巣だ…)
猿馬の子供らしいものがいた。大きさは大型の柴犬位だ。丁度雪で覆われた窪みに隠れていた。枯草が敷き詰められている。子供はこちらを認識しているが襲ってくる気配はない。
(まずいな…)
子がいるということは親もいるはずだ。そして巣や子供に近づいた者には容赦しないはずだ。幸い周りにはいないが、すぐにこの場を離れた方がよいだろう。近くの土手は少し急になっているが気にしないで這って登る。
「どうしましたか」
登りきって立ち上がろうとすると藍風さんが手を差し伸べながら言った。
「猿馬の巣と子を見つけました。この真下です。大声を出せば親が寄ってくるかもしれません」
ありがたく手を借りて掴む。雪の上を渡って来たから手は汚くない。
「巣と子供、ですか。私にはまた見えないでしょうが、監視カメラをここにも設置しませんか」
「そうですね。同意見です」
いったん車に戻って巣の近くまで戻り、予備のカメラをセットする。雪避けは空の木箱に重しの石を乗せておけばよいだろう。
その後、車の中で待機しながら巣のある川原の辺りを見ていた。辺りが暗くなりかけて、雪が降ってきたとき、猿馬が川から現れた。何か口の中に含んでいるようだ。道理で姿が消えたり現れたりしたように見えるわけだ。
「あ、私にもぼんやり見えます!あれはお父さんだと思いますか?お母さんだと思いますか?」
桾崎さんにも見えることはともかくとして番の可能性があるのか。盲点だった。
「どちらでしょうか、運んでいるのはおそらく餌でやり方は猿のようですから、あれはメスではないでしょうか」
それはこちらに注意を向けていない。
「オスは何をしていると思いますか」
藍風さんから質問が飛んでくる。視線は窓の外を向いたままだ。
「オスは縄張りの巡回や索敵ではないでしょうか。あるいはいないのかもしれなせん」
親の猿馬が再び水中に潜り、辺りが完全に暗くなったころ、私達は旅館に撤収した。何かわかりかけそうだったが、暗く、寒く、足場も悪い中、怪奇とやり合うのは得策ではないからだ。戻ってから、体を温めて、それから夕食を食べた。少ししてから藍風さんの部屋に集合して監視カメラの再生を始めた。