第59話 雪中の人喰い(後編)
第59話 雪中の人喰い(後編)
天気が良いときの朝の空気は気持ち良い。窓から身を乗り出して遠くの山々や近くの木々を見ていると、隣から藍風さんも顔を出していた。目が合った途端に引っ込んで行った。音で起こしてしまったのかもしれない。朝食は今日も違う魚だった。
昼食を女将から受け取って、お礼を言っているときに藍風さんが階段から降りてきた。ワインレッドの手袋をつけてくれていてよかった。まあ、自分で選んだのだからそれもそうなのかもしれないが。道の雪は一部凍っていたが、路地がむき出しになっている所もあった。車に乗って監視カメラの交換と肉眼で川と橋を確認しに行った。
カメラを交換しながら途中、例の猿のような馬面(猿馬と呼ぶ)が消えた橋まで来た。渡るのは何か起こるかもしれないから避けたが、車を停めて橋の下を覗いても何もいなかった。(わずかにいる近隣の住民がどうしているのかというと、下流まで行けば川が合流するので、そこ以降の橋を渡って向こう岸に行っているらしい)一番奥のカメラをセットした場所まで着いて、交換するとお昼時になっていた。道中で珍しい怪奇を見つけることはできなかった。
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昼食はおにぎりと漬物、インスタントみそ汁に煮物だった。ありがたかった。こういうのを外で食べるのは中々に面白かった。景色も良かった。しかし、依頼自体はいささか手詰まりを感じていた。
「上野さんが見た猿馬ですけれども、何か思い出していませんか」
その場で見た限りは伝えているが、今一度言われてもそう憶えていない。
「うーん…。特徴的なことは、特になかったですね。ただ歩いていたといった様子でした」
「そうですか。依頼と関わりがあるのかだけでも分かれば良いのですが…。依頼の怪奇は、人を襲うくらいこちら側に強く影響するモノですから、それのことを気にしないで歩いていると考えると猿馬も強い怪奇なのかもしれません」
「そう言われますと、ただ歩いていたというのは日常?をそのまま実施しているわけですから、強いのでしょう。依頼の怪奇を認識しているのかもしれません」
コミュニケーションが取れれば良いのだが、そう言ったのを期待はできなそうな見た目だった。
そんなやり取りをしながら食事を終えて、一服した後、私達は再び川を観察しながら道を下っていった。そう言えば以来の怪奇が襲うのは人だけで、魚や鳥、そのほか動物を襲うことはないのだろうか。狸の番は、厳密には川に行ったところは見ていないが、死体が転がっていることもなかった。そう考えた私は、前回よりも頻繁に車を停めては川岸を注意深く確認した。しかし、何も見つからなかった。猿馬も見つからなかった。
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何度も車から乗り降りしていれば何となく肌寒く感じるようで、風呂に入った時、熱が体に滲み渡るのがよく分かった。夕食は普段通り美味しかった。ただ、流石に何泊もすることは予想していなかったのか、同じメニューが出始めていた。そんな中でも酒は違うものが出てくるからよかった。銘が違えば全く楽しみが違う。
それから藍風さんの部屋で撮って来たビデオの確認をした。再生中、特に代わり映えのしない映像を見ながらふと疑問が湧いて来た。
「そういえば、猿はともかく、馬はこんな山中にいるのでしょうか」
「何かわかったのですか」
モニターからお互い目を離さずに会話をするが、藍風さんの声には期待がこもっているのがわかる。
「いや、大した話ではありませんが、動物のような怪奇は元の性質を引き継ぐというか、影響を受けることがありますよね。そうなると、猿はともかく、馬の要素は何をしているのかと思いまして」
「うーん。馬が昔この辺りで飼われていたとか、猿馬がどこかからやって来たのかでしょうか」
「それから、馬の方が頭なのですから、解剖学的に脳は馬の物のはずで、習性は馬に寄るのではないでしょうか。ますます川原を歩いていたのが不思議です」
「そうですね。依頼の怪奇と猿馬が川原を歩いていたのが関係していればいいんですが」
この時酔っていたのだろう。脳は馬の物だとしたら、内臓、特に消化器はどうなっているのだろうかと、理屈っぽいことを考えてしまっていた。藍風さんに言った話もとりとめがなかった。この日も収穫はなかった。
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少し悪酔いしたかもしれないと思い、部屋に戻って水を飲み、休んでいると弦間さんから連絡があった。珍しいこともあるものだと思い、内容を読んでみると、この間あった桾崎さんをこちらに連れて行きたいという話だった。藍風さんにメールをしてみるとしばらく返事は帰ってこなかったが、寝る前には大丈夫です、と返信が来た。それを弦間さんに返すとすぐ向かわせると返って来た。大方どこで何をしているかはみーさん辺りが話したのだろうか。助かる。翌日に酔いを残さないようにドリンクを飲んで寝た。