第57話 雪中の人喰い(前編)
第57話 雪中の人喰い(前編)
朝から忙しかった。早くから朝食などのやることをやって、それから硬貨虫に餌をあげておいた。大丈夫だろうか。ら久々にキャリーケースを使った。数日間の宿泊となると荷物も多くなるものだ。幽霊瓶(と名付けた)も荷物に入れた。
それから、藍風さんを家まで迎えに行った。少し眠たそうだった。空港までの道は慣れていないから緊張した。遅い時間の便があったら公共交通機関を使ったのに。幽霊瓶はX線検査でどうなるのかと思ったが、やはりというか映らなかった。飛行機は予定通り飛んだ。私も藍風さんも飛行機の中ではよく眠っていた。
N県には時間通りに着いた。この季節、普段雪が降っている割には運よく晴れていた。着陸直前に見た窓の外の町並みにはところどころ雪が残っていた。昼食は空港でラーメンを食べることにした。この辺りのラーメンはさっぱりしていておいしい。藍風さんにも好評だった。よかった。それから、ここには土地柄なのか雪があるからなのか普段見ない怪奇をよく見かけた。例えば、白い毛の生えた三角形の薄い何かとか。
食後N市に電車で向かい、少しの間藍風さんと駅前を散策した。クリスマス前だから大通りのイルミネーションが派手に飾り付けられていた。特に観光スポットに行くことはなかったが、普段来ない所を見るのは楽しかった。ウインドウショッピングをしながらたわいもない話をして、大道芸を一緒に見てた。それからN本線に乗って七山町へ行った。段々雪の積もりが深くなっていき、それとともに空からも雪が降って来ていた。
七山町からはレンタカーで奥の方に行った。雪道を走るのは久々だったので本当に疲れた。スタッドレスは慣れない。おまけに暗くなって雪が降っていて散々だった。感覚が良くなっても難しい。藍風さんは言わなくても静かにしていてくれたから助かった。
そうしてようやく目的地近くの旅館に着いた。ここには協会を通して予約をしたから、私と藍風さんが来ても不審に思われることはなかった。風呂に入ってから私の部屋で一緒に夕食を取った。私も藍風さんも普段着だったから、旅館の雰囲気にはあまりマッチしていなかった。ここの料理は美味しかったし、日本酒が特によかった。藍風さんの手前あまり飲まなかったが、たしなむ程度には味わった。
「お酒は美味しいですか」
藍風さんが不意に質問してくる。
「そうですね、ものによりけりです。ここのは美味しいです。あ、20歳になってからですよ」
そんなこと堂々としないと思うが。
「はい」
何故か少し嬉しそうだ。飲めるようになったら一緒に飲もうと言おうとしたが、やめておく。
食事を終えてから翌日の段取りを再び確認し、早めに床に就いた。空気が澄んでいるからか、酒が入っているからか、寝具が良いからか、疲れていたからか分からないがぐっすりと眠ることができた。
朝起きると外は雪が降っていなかった。窓を開けると冷たく気持ちの良い空気が室内に入って来た。朝食を取って(ここの朝食は魚が出るから非常に良い)、出発の身支度を終えてから山中の川へ向かった。藍風さんとはしょっちゅう山の中に言っているような気がしたが、よくよく考えてみると町の中にも行っていた。運転中は余裕がなく、現地に着いてから依頼内容を再び思い出していた。藍風さんのところには偶に地区を越えた依頼が来ている。こういうのを受けることができるのも私のおかげと藍風さんは言ってくれた。
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七山町の奥にある山中の川ではここ数年の間、冬に人食いの怪奇が現れるという。初めのうちはただの事故か、もしくは動物に襲われたのかと思われていた。しかし、熊は冬眠中だし、事故にしては遺体の損傷が一様だった。内臓をそっくり抜き取られ、右手の爪が全てなくなっているのだった。それに血痕はどこにも残っていなかった。何度も続くと流石に普通ではないということで、近所の住人ががどこかから噂を聞いて協会に依頼をしてきた。
この地区の霊能力者も調べはした。しかし手がかりを見つけることはできなかったという。今年の犠牲者はまだ出ていないし、その川にも近づかないようには言ってはいる。例年通りだと誰かしらは話半分に聞いていてその川にかかる橋を渡ってしまい、人食いに会ってしまうのだという。
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手がかりがほとんど何もなかった。協会に文献調査を依頼しているが結果はまだ出ていなかった。人を食うのがどういう形の、つまり、人型、獣型、その他なのか、どういう性質、つまり、妖怪、幽霊、都市伝説、その他なのか、そもそも本当に食っているのか何もかもわからなかった。安易に川に近づくのも危険であった。そういうわけで私と藍風さんは山中の川が広く見える場所に移動して、そこから定期的に観察することから始めた。
この地区の人たちから好意でデジタルツールを貸してもらったので使うことにした。監視カメラを川と橋が見える何か所かに設置して、その後肉眼でも見て回ったが特に異常はなかった。昼食を取りにふもとにいったん戻って、町の方まで出てファミレスでハンバーク定食を食べた。往復に時間がかかるので翌日から先に昼食を準備しようと思った。それから再び観察を続け、暗くなる前にビデオカメラを交換して旅館に戻った。
夕食後、今度は藍風さんの部屋にいった。落ち着く空気だったが少しためらいもあった。そしてモニターに撮った映像を映して何か見えないか確認した。しかしながら、空振りだった。2度見ても変わらなかった。翌日のことも考えて、データをPCに移すと監視カメラを充電してその日は眠った。