第55話 ホーンティング(前編)
第55話 ホーンティング(前編)
雨が降っていると外を出歩く気にはならない。わざわざ車の運転をしたいとは思わないからだ。そうなると自宅で本を読んだり、インターネットを閲覧したりすることになる。家事は大抵終わっている。
朝、硬貨虫の様子を見たら動き回っていた。冬なのに冬眠しないようだ。虫とは言っているが得体が知れない。この間のお土産は半分くらいなくなっていた。このペースもまちまちでずっと食べない?ときもあれば、今回のようなこともある。動きも活発な時もあれば、つつかないと動かないときもある。成長はしていないようだ、多分。
そんな感じで時間を使っていたところにツァップさんから連絡が入った。ちょくちょく連絡は来ていて、たいていは日本語の質問やらだが、今回のは違った。
『ホーンティングの起きている家を見つけたました。除霊したいです。一緒に来て通訳してほしいです』
見つけたということは依頼ではなくて、こちらから向かうということか。
『ホーンティングとは何ですか』
『簡単に言うと、決まった家で起こる怪奇現象です』
なるほど。ポルターガイストは特定の人の周りで起こるが、それの家版みたいなものだろうか。ざっくりとで相違点も多々ありそうだが。
『通訳は簡単にならできそうですが、専門知識はあまりないですよ。みーさんの方が詳しいです』
『みーさんは出張中です。助けてください』
『話がうまくいくか自信はありませんが、それでも良いなら行きます』
翻訳できても交渉がうまくいくかは分からない。
『ありがとう、待っています』
その後時間と場所を決めて、連絡を終えた。傘をさして駅まで行くくらいならそんなに濡れないだろう。
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後学のためと、それからツァップさんには仲良くしてもらっているため、話を受けた私は待ち合わせ場所のホテルに向かった。駅からすぐのところにあった。
(高級そうだ…)
フロントの天井が高い。明かりが黄金色に輝いている。私は気後れしつつも近くのソファに腰掛けて外を眺めツァップさんを待った。窓ガラスに付いた水滴が自分の重さに耐えられずへりまで流れていく。
「こんにちは、上野さん。お待たせしました」
ツァップさんだ。黒いスカートに白いセーター、紫と黒の縞々のハイソックスにおしゃれな茶色い長靴を履いている。大き目のリュックサックを背負っていて、手にはビニール傘を持っている。子供のような格好だが、リュックサックがキャラものでないだけよいのだろうか。逆に似合っている。
「いえ、大丈夫です」
「それでは行きましょう。タクシーを止めてあります」
そういえばツァップさんは日本にいきなり来てからもホテル暮らしを続けていられるくらいだから、結構お金持ちの家の出か、本人が稼いだかのようだ。嫌味は特に感じないから単純にすごいと思う。
タクシーに乗った私達はツァップさんが言った場所に向かってもらった。正確には私が通訳したが。運転手は英語ができないようだ。
「ツァップさん、今回の件の詳細を教えてもらってもよいですか。運転手は英語が分からないと言っていました」
「はい」
近くで見ると目が宝石のように輝いている。ふわふわの髪に白い肌、人形のようだ。
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ツァップさんがその辺りを歩いていた時に、気配を感じたのだという。怪奇らしいものであったのでそちらに向かうと、予想通りホーンティングが起こっていた痕跡のある一軒家を見つけた。そのときは何も起こっていなかったが、また起こることは十分ありうる。いざ、行こうと思った時に、そういえば日本語が話せないことに気づいた。相手も英語を話せるとは限らない。ましてドイツ語を話せる人はもっと少ない。いきなり行ったら怪しさ以外の何でもない。
装備の準備もあるし、緊急性もなさそうなのでその日は撤退した。みーさんに通訳を頼んだら手伝いたいけれども出張中とのことであった。それで私に連絡してきたということだ。(なんとかしたいのだろう)
ホーンティングは見た感じでは小規模ではあるが、それでも放置していると被害が拡大する恐れがあるという。そんなわけで早めに対応をしようといているわけだ。
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タクシーは十数分くらいである家の前で止まった。タクシーから下りると、私が見た感じでは普通の一軒家があった。両隣にも似たようなデザインの家があった。表札を見ると夫婦と女の子が2人住んでいるようだった。庭にピンクの自転車が2台とめてあったから子供の年齢は小学校くらいだろうかと思った。家には明かりがついていて誰かがいるのがわかった。
さて、これからどうやって説明しようかと思った。が、考えたところで始まらない。ツァップさんがうずうずしているのがわかった。私はインターフォンを押した。