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第54話 笑い声(後編)

第54話 笑い声(後編)


 そう簡単に見つかるとは思っていない。怪奇が現れるには何かきっかけがいるのだろうか。良くわからない。それとも気が付かなかったのか。


 「藍風さん、何か感じましたか」

 隣の少し下の方を見る。藍風さんもこちらを見ていた。少し唇の色が薄い。スカートの下に長ズボンを履いていても寒いようだ。手袋やマフラーでもあれば、あるいはニット帽でもあればましになるだろうか。持ち合わせてはいないので無言でホッカイロを渡す。冷たく、柔らかい手が触れる。


 「ありがとうございます。それで、笑い声ですけれども、私には聞こえませんでした。上野さんはどうですか」

 ホッカイロを両手でもんでいる。リスがドングリを持っているような、ハムスターのヒマワリの種のような…。


 「私も見えない、というか聞こえません。気配もです」


 「そうなると今日は外れなのかもしれません。もう少し探したら一旦車に戻りましょう」


 通りを引き返す。街灯は点滅していて、看板やごみ箱の影が時折姿を隠す。何故、何が目的で笑い声は現れるのか、姿は何故見せないのか。蛇行しながらシャッターや細い路地を見ていくが、やはり声は聞こえない。元いた所にたどり着いたが道中何もなかった。他の怪奇が少ないということは、笑い声を出すものはいてもおかしくはないのだが。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 時間を空けて調べることにして私達は一度車に戻った。車の中は寒かったのでエンジンをかけて暖房をつけた。風の流れに乗って香りが広がった。次の時間を決めてから藍風さんは眠り始めた。少し申し訳なさそうにしていたが、翌日の学校もあるだろう。むしろ休めるときに休んでもらった方がよいと思った。私は翌日が遅くても大丈夫だから起きていることができる。


 車内が十分暖まったので暖房を落とす。藍風さんは毛布を掛けてすでに眠っている。規則的な寝息が聞こえる。特にすることもなく、ふと、藍風さんの方を見る。頭が傾いて黒髪が窓側に流れている。長いまつげ、薄い眉、あの透き通る目は見えない。通った鼻、色づきの良い唇は閉じている。耳は人形のようだ。毛布が規則的に上下している。ずっと見ていても悪いから、本を取り出して読み始める。相変わらず無防備だ。



 時間になったので藍風さんを起こした。眠たそうにしていたが外に出ると寒さで目が冴えたようだった。それから通りをもう一往復半歩いてみた。しかしながら、やはりというか異常な怪奇は感じられなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 再び戻ろうとしたときだった。これで無理ならあきらめて帰ろうということにしていた。寒さも増していたし、翌日のこともあるからだった。通りの真ん中あたりに差し掛かったところで唐突に声が聞こえた。高い女性の声だった。


 「アダマナムベリガリ」

 街灯の方から聞こえる。何を言っているかわからないが、確かに笑い声だ。異国の言語で、こちらを馬鹿にしたような笑い声に聞こえる。藍風さんも聞こえたようで、何かに気づいたような表情になる。


 「聞こえましたか」

 藍風さんに確認する。


 「はい。姿は見えますか」

 言われてみると声は聞こえるのに姿は見えない。私にも見えない怪奇があるのか。周りの反応から相当精度は良いらしいから、見えないということは姿がないのか。それなりに精度を上げてみる。街灯の錆具合、その隙間にいるダニ、宙に浮いているちり…。多様なものが視界に映るがやはり姿はない。


 「見えないです。音の出どころはは街灯の下ですが」

 くらついてしまい、視覚を元に戻す。頭がパンクしそうだ。藍風さんが心配そうに見ているのが目の端で分かった。


 「分かりました。ありがとうございます」

 藍風さんは持ってきたリュックサックから卒業証書を入れるような筒を取り出して街灯の下に投げた。それから筒に札を貼った。


 「終わりましたか」


 「はい。声も止みました」

 藍風さんは筒をリュックサックにしまっている。


 「私に聞こえたのは一度切りでしたから、タイミングがわかりませんでした」


 「そうですか。こちらには何度も聞こえていました。人によって違って聞こえるんでしたね」

 なるほど。藍風さんにどう聞こえたのか気になったが何となく聞かない方がよいと思った。


 「なんだか、人の声で意味もなく笑われるのは気分が良くないですね。特に何を言っているかわからないと一層です」


 「本当にそうでした」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 車に乗って文松町まで帰った。藍風さんはすぐに眠った。寝具で眠れなければ、連続でも眠れないのは大変だろうと思った。こんなに小さいのに、よくやるものだ。寝つききれなかったのか途中からは起きて窓の外を眺めていた。不意に何か欲しいものがあるか聞かれたので仕事と答えておいた。藍風さんが自宅に着いたのは深夜だった。せめてしっかり眠れていればよいのだが。私は家に着いても眠る気になれず、何となく起きていたらいつの間にか朝日が昇っていた。陽の光を見たら途端に眠くなった。


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