第51話 幽霊コレクション(中編)
第51話 幽霊コレクション(後編)
曲がり角を曲がると次の展示があった。こちらも先ほどと変わらずガラスケースの中に入れられていた。違ったのは像がぶれていたこと、つまりこちら側に姿を現していたということだった。
『畑怨霊』
私の知る限り畑怨霊は妖怪だったはずだが何故展示されているのだろうか、と思った。フィクションでは凶作で死んでも弔われなかった人の怨霊だったはずだ。プレートにもそう書いてあった。その疑問は古見さんの言葉で片付けられた。まるでこちらの考えを読んでいるようだった。
「妖怪だと思っただろう。とんでもない!ここは幽霊を飾るためにあるのだ。これは畑怨霊が死後、妖怪化する手前で止めた貴重なモノだ。その証拠に人の姿を保っているだろう?この妖怪化に気づいた時の表情!たまらないとは思わんかね?」
『血塊と屏風覗き』
ガラスケースの中は家のようになっていて、布団と、そこで出産しようとしている妊婦の模型があった。三方を屏風に囲まれていて、軒下を走る赤い塊と屏風の奥から模型を覗く幽霊があった。どれがどれなのかと、プレートを見ると答えは書いてあった。ただ古見さんはその間中も話していた。
「この血の幽霊はなかなかお目にかかれないんだ!それにこんなモノがあると知った時の感動と言ったら!思いつくかい?事実は小説より奇なり、だ。屏風があるから妊婦の模型に近づけない。あれには呪符が貼ってあるから本物の妊婦だと思っているのにな。それから屏風覗き!これは珍しくはないが、実に日本人らしい!屏風の奥の闇から生まれるのだろうね」
さらに先に進むと僅かに獣の臭いが漂ってきた。様々な動物や虫の霊が小さなガラスケースに飾られていた。犬猫に金魚やすっぽん、それから毛虫、紙魚…。その中でも特に古見さんが饒舌になったモノを書いておく。
『鼠の霊と合歓の木の霊』
大型の鼠と小型の霊が合歓の木に、正確には合歓の木の霊に飲み込まれるような形ではまり込んでいた。鼠達は齧って脱出しようとしているがどうやら木の霊の方は何ともないようだった。プレートによると同時に幽霊になったらしい。
「面白いだろう?これは偶然見つけたんだ。奇跡だ!混在もしていなければ、独立もしていない。見事な芸術だ。O県の山中で見つけてね。若いころだったら見逃していただろう。見つけたときはこの趣味を続けていてよかったと思った瞬間だった!それに上野さんなら小さい方も見えるだろう!」
『トゥラングマワス』
一瞬人の骨と思ったが、よく見ると違った。大型の猿の、プレートによるとオランウータンの骨の幽霊だった。骨の幽霊はところかまわずひじ打ちしていた。動物園から取って来たのかと思ったが違うらしかった。よく骨格を維持しているものだと思ったが、怪奇に常識は通用しないことを思い出した。
「これは現地までわざわざ取りに行ってきたんだ。大変だったよ。なんせ、地元の人たちはこれが出ないように対応しているわけだからね。それにそもそも元になる個体数も少ない。それでも長い間ジャングルに籠って見つけたときと言ったら!それからの輸送も大変だった。こんなに暴れるものを陸路と海路を使って運び込んだんだ。できるだけ元の状態で展示したいからね、強い封印をかけずに弱いものを連続してかけ続けていたんだ。ああ、できることならニューニも欲しい…。」
さらにさまざまな展示を見ながら途中で折り返し、ポルターガイストや火の玉、外国人の幽霊を鑑賞しつつ、入り口までもう少しというところだった。
『幽霊画の幽霊』
とある有名な水墨画の女性の幽霊画の幽霊だった。本物は数十年前に焼失したらしい。絵の中の幽霊が動くわけではなかった。絵の幽霊の、幽霊が描かれているモノだった。元の絵を知っているわけではないが、それは本物同様に見えて、より真に迫っているような生々しさを表現していた。
「これだ!これこそ私が幽霊をコレクションするようになったきっかけだ!見てくれ!これまで幽霊を様々見てきただろう?それに比べて描かれた幽霊画は乏しいはずなのに、それが幽霊になれば、これが真の幽霊だ!こうも、艶めかしく、美しく…」
(数分続いたので覚えきれていない)
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博物館(最後は美術館のようにも思ったが)を出たころにはもう日は暮れていた。古見さんはL駅まで再び車を出してくれた。改めてお礼を言うと古見さんは目を爛々とさせながら返事した。
「いや、あれを見ることができる人と話したのはしばらくぶりだ。幽霊画の幽霊は鋭敏な能力者でなければ、あるいは霊に特化していなければ、見ることはできない!あの肢体!恨みのこもった顔つき!…」
「実は芸術には疎いのですが…」
切り上げようと話の矛先を変える。
「何、それはそれだ。見えない者に比べれば大した問題ではない。それより、約束の話をしたいのだが良いかね?」
「はい。先にも連絡しましたが、協力者の都合もあるので急ぎで叶えることはできないかもしれません」
「それは問題ない。私が死ぬまでに見つけてくれればよい。都合のよいときに探してくれ。それで、私が欲しい幽霊はだね…」
そう言ってから、古見さんはある幽霊の名前を呟いた。この名前は記憶にとどめておく。
「この幽霊のことは私が受け取るまで極力他言無用で頼む。受け取った後は誰に話しても協会に連絡しても構わない。それだけはこいつの性質に関わってくるから厳守だ。詳細を話そう…」
古見さんから詳しい話を聞いているうちにふと疑問が湧いた。
「古見さん、私達は幽霊をどうやって持ち運べばよいのでしょうか。そういう手技には詳しくありませんが、何か良い方法があるのでしょうか」
「そうだ。肝心なことを忘れていた。自分ができることは当たり前に思ってしまうものだ。年は取りたくない。幽霊はこの瓶に入れてくれ。大抵の幽霊は入り込む。なくしてもついて来るからな」
古見さんは懐から瓶、ではなく、瓶の幽霊を取り出して渡した。半分ストーカーのような危ないものだが、便利そうだと思った。
「ありがとうございます」
「まあ、君の連れなら別の方法も思いつくだろうかね?」
やはり完全に信用してはならない。
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L駅に着いた後は古見さんは夕食を一緒に食べたかったようだった。しかし、運転手に止められていた。色々と制限があるようだ。体臭が普通でなかったから何か患っているのだろう。古見さんと別れてから駅内の蕎麦屋に行って、鴨南蛮と日本酒を楽しんだ。ああいうところの割にはおいしかった。ホテルに着いてから瓶の幽霊を見たが、取り立てて特徴のない普通の瓶に見えた。というか改めて霊に普通に触れていたことに驚いた。そういえば出し方を聞き忘れていた。幽霊に人格?人権?はあるとしたら古見さんのしていることは大分残酷なのだろうか。