第50話 幽霊コレクション(前編)
第50話 幽霊コレクション(前編)
有休中にすることはだいたいしてしまって急いですることがなくなった。本を読もうにもなかなか頭に入らない。つい、Y○utu○eを見たり他動画サイトを見たりしてしまう。懐かしの映画や、昔のゲームの裏技で時間がつぶれていく。良いことではない。協会の依頼を受けることができているのは今のうちかもしれないし、藍風さんやみーさんがいつまで仕事をさせてくれるかは分からない。生活リズムも崩れかけている。立て直さないとならない。まずは、ということで体を動かすことにした。寒いときに始めた習慣は暖かくなってからも続くと聞いたことがあるがどうだろうか。
古見さんの博物館はL県の某市にあった。もう朝早く行って夜遅くに無理に帰る必要もないし、家に泊めてくれるとまで言っていた。流石に遠慮して近くのホテルを取った。完全に信用できるわけでもない。すぐにスケジュールを合わせて古見さんのところに向かうことにした。
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普段の時間に起床して、普通に準備して文松駅に向かった。時間に融通が利くのは余裕ができて素晴らしい。本を読みながらのんびりとG駅まで向かう。スマホを見るのも好きだが、こういう時に本を読んでいると小旅行感が出て楽しい。
G駅からL駅までは新幹線に乗った。窓の外の景色を眺めて、途中で駅弁を食べた。この時期に珍しいくらいの快晴だった。L駅に着いた時には外は暑くさえ感じた。駅前には車を停めた古見さんが待っていた。
「上野さん、待っていたよ」
車の窓が開いて古見さんの顔が見えた。最初は最寄駅から向かおうと考えていたが、わざわざL駅で待っていてくれるということこうなった。金持ちなのだろう。身なりもしっかりしている。
「どうも、よろしくお願いします」
「さあ、早速行こうじゃないか。乗ってくれ」
遠慮しながら車に乗り込む。車には詳しくないが高級そうでよく洗車されている。運転手は何も聞かずに車を走らせた。
「さて、何から話そうか。そうだ。幽霊とは何か、知っているかい?」
「柳田国男が分類していたものくらいですが」
「そうだ。今は否定的意見もあるが、分類したことは成果に値する。幽霊とは一言でいえば何らかの形をとって現れた実体のない死者の一種だ。ゾンビとは当然違う。生霊のように例外のあるがね」
「それに幽霊は人や動植物に限らない。物の幽霊もあったりしてね、これは稀少なんだ。付喪神や精霊とはまた違う」
「とにかく見てくれ。実に素晴らしいコレクションなんだ」
「ありがとうございます。ところで、幽霊には生前の記憶が残る、もっと言えば生前の人格そのものなのでしょうか」
「ああ、厳密にイコールではない。人格の一部が反映されたものとでも言おうか。意思、思いがあってその通りに振る舞っている。完全に人格が残っている幽霊もいるのだろうかね。分からないところが実に魅力的だ」
「幽霊はどうやってなるのでしょうか。それからいつ消えるのでしょうか」
話が面白い。つい聞いてしまう。
「本当のことは分からないがね、強い思いが生前にあったり、偶然だったりで幽霊になるだろうね。消えるのも思いが薄れるか、目的を達成した時だろう。勿論―」
古見さんが不気味に笑った。
「意図的に幽霊を作る方法はいくらでもあるがね」
やはり完全に信用できない。
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博物館に着いたのは夕方になるかならないかの時間だった。鬱蒼とした森の中にそれはあった。この森も古見さんの土地だそうだ。車から降りると早速と中に促された。どうしても見せたいようだった。入り口は普通の倉庫と同じだった。博物館ということにしているが一般人に見せるものではないからこんなものなのだろうか。扉を開けるとわざとデザインしているのだろう、受付のカウンターがあった。わざわざ古見さんが内側に入った。
「ようこそ、私の幽霊コレクションへ。お客様は無料でご覧になれます」
古見さんは笑いながら私に言った。こういう演劇も趣味の一部なのだろう。よくできたパンフレットを1部私に手渡しカウンターから出て戻って来た。
「さあ、ご案内しましょう」
パンフレットを見ると館内は一方通行で見学できるようだった。古見さんは斜め後ろに立っていて、何かに興味を示さないかと待っていた。ともかく足を進めていくことにした。
幽霊の展示は動物園と美術館が合わさったようなもので、仕切られたガラスの中に幽霊が入れられていた。ガラスの隅には複雑な札が貼られていた。各展示の前には説明文の書かれたプレートが飾ってあった。わざわざ用意しているのが本当に道楽だと思った。特徴的なものを聞いた話と一緒にまとめておく。
『某霊山の幽霊』
わざわざガラスケースの中にもう1つ小部屋が用意されていてそこに大きい窓があった。窓から数体の幽霊がこちらをじっと伺っていた。普通の人だが格好は死に装束だった。
「これは行動展示を取り入れていてね、霊山にある建物に幽霊達は集まるのだが、窓を開けるとこちらをのぞき込む性質がある。面白いだろう?生前の世界に何となく未練があるが、そこまでの執着がなかったからここに集まったのだろうね。何となく戻ろうかと思いながらも面倒くさいからか出てこない。次から次に来るだろうから、先に来た幽霊はどんどん消えていくのだ。勿論この展示は消えないように工夫してあるがね」
『水子』
ペットショップのように格子状に区切られた小部屋に水子の霊がそれぞれ入れられていた。格子の上部には各週齢が書かれていた。週齢が進んだものは蠢いていた。
「これも揃えるのに苦労してね。中々どうしても見つけられない週齢があったりしたんだ。やっと見つけても人に見せられる状態ではなかったりね。ようやく見つけたときは声を出してしまったよ。ほら、見てくれ。形態学的な特徴が良く見て取れる。医学書にはないリアルに怨念が乗っているだろう?」
実際に展示物を見ると芸術性を感じながらも禁忌のようなものを感じた。これは確かに選ばれた者にしか見せられない。彼女たちには見せられるものはないと思った。ともあれまだ先は長かった。