第49話 忘年会(後編)
第49話 忘年会(後編)
誰が流した噂なのか。みーさんなら一言断りがありそうだ。他には弦間さんや嶽さんがいるが彼らからだろうか。まあ、噂と言うのはどこから漏れるのかわからない。この老人は盗聴器を持っていないようだが油断はできない。
「良い話とは何でしょうか。それから、すみません、どちら様でしょうか」
「ああ、すまない。本当の名前は教えられないんだ。古見と呼んでくれ。いいだろう?古いモノを見るから古見だ」
「古見さん、それで何の御用でしょうか」
「そうだった。実はね、私のコレクションを見てもらいたくてね。中々人に見せるものではないがお兄さんは特別だ」
こういう怪しい話し方には覚えがある。何なのかを、何故かを、言わない。何かあるに違いない。
「何のコレクションでしょうか」
「それが、幽霊なんだ。巷では有名でね、長年の歳月を重ねて蒐集したものなんだ。何、手間はとらせないよ。良い勉強になると思うがね」
古見が善意で言っているのか、罠なのかわからない。皺の刻まれた顔からは読み取れない。しかし、幽霊のコレクションは後学のために見ておくのはよいだろう。
「何故私なんかに見せてくれるのでしょうか。大した実績もありませんが」
「まあ、お兄さんは用心深いね。それも聞いているよ。お兄さんのように何でも怪奇を感じられるのはとても珍しい。そんな人に自分のコレクションを見てもらいたいだけだ」
「それはありがたい話です。私は何をすればよいのでしょうか」
良い話の裏には条件がある。
「話が早くて助かるよ。実は、ある幽霊を捕まえたいんだがね、出現する場所に行っても見つけられないんだ。探してくれないか。お礼はするよ」
怪しい。悩みどころだ。やはり顔からは何もわからない。微笑んでいる風だが。
「少し考えさせてもらえますか」
「まあ、時間はあるから考えてくれ。見に来るのならこの電話番号に連絡をくれ」
そういって、古見は名刺を渡してきた。それを貰って胸ポケットにしまいようやく3人の元に戻った。
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3人は食事を終えたのだろう。みーさんが通訳をしながら藍風さんとツァップさんが会話しているのが見えた。なんだかとても微笑ましかった。藍風さんは小柄で、ツァップさんは小学生のような恰好をしているからだろうか。
「あれ、ずいぶんかかっていたねー」
みーさんがこちらに気づいた。ワインを取りに行くと言っていたからそう思ったのだろう。目的を話していなかったら聞かない方が良いと思うが。
「変な人に絡まれたのですよ。古見さんというのですけれども、知っていますか」
ようやく飲めるワインを楽しむ。中々美味しい。
「古見?」
みーさんの目が少し大きく開いた。ちらりと横目で見ると藍風さんは無反応だった。
「知っているよ、有名な変人だから」
「コレクションを見せる替わりに幽霊探しを手伝ってほしいという話でした」
「それは、メリットが大きいですねー。滅多に見れるものではないですよー。手伝いがどれくらい手間かにもよりますけれどもー」
やはりコレクションはレアなのだ。好奇心が湧いてくる。
「みーさんは後学のために行った方が良いと思いますか」
「それはそうですよー。おねーさんも見に行きたいくらいですよー」
みーさんはわらいながら少し悔しがっている。器用だ。そこまで言うなら怪しい人ではないと思った。
「それなら、せっかくですから、行ってみようと思います」
「私も幽霊探しは一緒に手伝います」
今までの話を聞いていてた藍風さんが透き通る声で私に言った。
ツァップさんにも先ほどの話を英語で伝えた。少し腹を立てていたようだったがそれはそれで楽しんできてね、と言ってくれた。幽霊は生き物の(あるいは物の)死んだ後のものだから考え方によっては古見のやっていることは魂をこの世に縛り付けていることになる。
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ワインのおかわりを取りに行ったときに古見さんと会ったので幽霊コレクションの見学に行く旨と手伝いに2人で行く旨を伝え、予定を簡単に立てた。その後は特に誰かが来ることもなく雑談をしているうちに会は終わった。やはり何人かは集団から動いていたが、基本的には塊から離れていなかった。4分の1くらいの強制イベントの割には、あまり活気のあるものではなかった。藍風さんもあまり来たくなかったのかと思った。
みーさんとツァップさんはタクシーに乗って帰った。会場の外にタクシーが並んでいたから主催者側も想定していたのだろう。同じホテルに泊まっているであろう人たちが同じ方向に歩いて行った。そこそこいた駅に行く人たちの中に混ざって、私と藍風さんは帰路に着いた。独特な格好をしている人たちはクロークで普段着に着替えていた。
「今日は楽しかったですね」
隣から藍風さんの声が不意に聞こえた。意外だった。
「そうですね。私も楽しかったです」
人とあまり話せなかったことを除けば料理も酒も美味しかった。会費は結構取られたけれども。
「普段着ないような服も着ることができました」
ああ、そういうことを聞きたかったのか。英語では言えるが、日本語では難しい。
「そうですね、とてもよく似合っていますよ」
酒の力で口からこぼれた。藍風さんの頬に赤みが差した。
時間が時間だったため電車は混んでいなかった。帰りは話をしなかったが居心地は決して悪くなかった。文松町に着いた頃には随分と遅い時間になっていた。藍風さんを自宅まで送って行った。門の前に着いた時のことだった。
「あの、今日はありがとうございました。楽しかったです。おやすみなさい」
一緒に山に行ったことだろうか。忘年会だろうか。わからない。
「はい、おやすみなさい」
自宅に帰ってから風呂に入っているうちに酒が抜けてきた。恥ずかしいことを言ってしまった。それはさておき、幽霊のコレクションはどんなものだろうか。こんな時間に家に着いたから藍風さんは明日の学校が大変そうだと思った。