第48話 忘年会(前編)
第48話 忘年会(前編)
やはり歴史の教科書を読んでも難しい。ページをめくって視界に流していくことはできるが、頭には入っていない。リフレッシュがてら普段は行かないホームセンターに行った。近場にあっても用事がなければ入らない所だ。特に目的はなかったが見ているだけでも楽しい。つい小物を買ってしまった。それから家具コーナーに岩原がいるかどうかそれとなく探してみたが、残念ながら見つけられなかった。他の土地に移ったのだろうか。彼なら陸路と海路をただ乗りできるからどこにでも行けるだろう。それとも霊能力者に退治されてしまったのだろうか。
午後から藍風さんと最初に会った山に行った。文化祭の時に約束していたものだ。自転車で山まで向かい、近くの駐輪場に停めた。クロスバイクは多少道が荒れていても走れるから好きだ。車で行くまでもない。藍風さんも自転車で来ていた。いつもの登山服だった。私はスニーカーを履いてはいたがそこまで本格的な格好ではなかった。神社までの山道はアスファルトで舗装されていて自動車も通れるくらいであるためだ。山の中に突っ込んでいくこともないだろうし。
途中の風景(といっても大したものではないが)を見ながら山道を登っていった。
「あ、ここでこの間の写真を撮りました」
藍風さんが教えてくれた場所は少し道幅が広くなっていて、丁度崖に生えている木々が途切れている所だった。写真の時よりも緑色が抜けているような気がした。
「眺めの良い所ですね」
「偶々見つけたんです。思い入れがあるわけではないですけれども、なかなか気に入りました」
藍風さんはスマホを取り出すと2,3枚写真を撮った。何か言いたそうだったような気がしたが特に何もなかった。
神社は無人だったた。水も枯れていて初詣に地元の人が来るかぐらいだろうか。もしかしたら祭りや打ち合わせか何かにも使われているのかもしれないが集まるのには少し遠いと思った。景色と言うよりも雰囲気を数分楽しんでから下山した。社中は金木犀の甘い香りが広がっていた。
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一度帰宅して、風呂に入ってからG駅付近で行う協会支部の忘年会に向かった。ジャケットとパンツは着慣れているが革靴は動きにくいから苦手だ。履き慣れている物を用意したが自由が利きにくかった。電車に乗るのに駅に行くと藍風さんは既に待合室で待っていた。
「お待たせしました」
時間より早く来たつもりだったがそれよりも早く来ているとは思わなかった。
「いえ、私もさっき来たばかりです」
藍風さんは大きめのリボンのついた黒いワンピースに革靴を履いていた。赤いシンプルなカチューシャが似合っていた。傍らには臙脂色のコートと小さなバッグが置いてあった。
電車に乗ってからは普通の冬休みの予定や去年の忘年会の話を聞きながらG駅まで向かった。多少混雑してはいたが十分座ることはできた。地区内からG駅に集まるのに日曜日というのはどうなのかと思ったが、どうやら仕事を休んででも参加する人がいるくらい重要というか、この世界の社交の場らしかった。それに会場の都合もあるのだろう。
G駅から会場まではそこまで時間がかからなかった。それらしい人達が同じ方向に歩いていた。会場はそれなりに大きかった。受付を済ませてクロークにコートを預け、中に入ると豪華な装飾とバイキングが並べられていた。
「知都世ちゃんに上野さんー、お疲れ様ー」
振り向くと後ろにみーさんがいた。普段着ではないだろうが相変わらずジャージのような服を着ていた。この人にはフォーマルと言う考えはそこまでないと思った。と言うよりみーさんの正装がこれなのかもしれない。お坊さんが袈裟と着ていたり、修験者が水引を着ていたりと割と自由だったからだ。普段なら誰かが近づいて来るのは分かるものだが、食べ物や人が多いせいで直前まで気づけなかった。ある意味油断をしていた。
「知都世ちゃん似合ってるよー、上野さんもねー」
「ありがとうございます」
藍風さんは淡々と言った。
「Hi!」
今度は気づくことができた。ツァップさんだ。白いジャケットに灰色のスカート、ひらひらの着いた靴下にストラップシューズを履いていた。ジャケットについているビリジアンのリボンが映えていた。小学生のような恰好だったが不思議と似合っていた。
「ツァップさん、こんばんは。お似合いですよ」
こういうのは英語だと言えるが日本語では言わないのは何故だろうか。向こうの文化をなぞっているのだろう。
「ありがとう。上野さんも似合っています」
「ケイテ、彼女が藍風知都世さんです。知都世ちゃん、彼女がケイテ・ツァップだよー」
みーさんがそれぞれにそれぞれを紹介した。
「コンニチハ。ケイテデス」
ツァップさんがここ数日で勉強したであろう片言の日本語で自己紹介をした。
「こんにちは。あいかぜちづよです」
藍風さんも片言の英語で答えた。この二人がコミュニケーションをとるのは難しそうだと思った。
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時間になるまで何となく隅の方に4人で固まっていた。みーさんは顔が広く、色々な人に話しかけに行きそうだと思っていたがそういうわけでもなかった。自分以外は新参の私とツァップさん、能力が周りから浮いている藍風さんだから配慮してくれたのかもしれない。優しい人だ。
開会の挨拶を偉そうな人がした後、めいめいがバイキングを楽しんだ。私は何でも食べるが建物が洋風の造りだから洋食の方を中心につまみながら、ビールを飲んでいた。藍風さんとツァップさんは女の子らしいチョイスのものを選んでいた。サラダやらそういったものだ。みーさんはがっつりしたものを食べながら私と同じくビールを飲んでいた。この嗜好でこの体型は世の女性から羨まれるだろう。栄養は行くところと脳に行っているのだろう。
みーさんのところには数人が挨拶に来ていた。弦間さんも来て、ついでに私のところにも来た。この間のお礼を言っておいた。桾崎さんは来ていないようだった。周囲を見ると様々な格好をした集団が固まっていた。知らない人に自分から向かうにはバリアが感じられた。社交の場と言うのは集団内でのの話で、集団間では意外とないようだ。それが目的で作られた組織だったと思うが現実は難しいのだろう。また、周囲には結界が貼られているのか中には怪奇の姿は感じられなかった。
中盤に差し掛かったあたりでワインを取りに向かった。3人のところに戻ろうとすると老人に話しかけられた。
「お兄さん、楽しんでいるかい」
誰だろうか。
「お陰様で楽しんでいます」
警戒の糸を緩めずに相手を観察する。70代くらいだろうか。腰が曲がっていて背が低い。顔は柔和そうだ。スーツを着て杖をついている。周りに連れはいないようだ。
「まあ、お兄さんの噂は聞いていてね。良い話を持って来たんだ」