第47話 園児の来る公園(後編)
第47話 園児の来る公園(後編)
それは園児のように一見見えるが少しずれていた。いつも掴まっていただろう部分を上の方にかけてしまったので、縄にぶら下がる形になり、足は地面についていなかった。重力に従って両手を伸ばしているのではなく、かといって浮遊しているわけでもなく、ただ縄に掴まっていた。風の影響も受けていないからそこに貼りついているようだった。
「ちょっと近づいてみます」
藍風さんはそう言うと懐から札を出してそれに近づいていった。既に対処法を思いついたのだろうか。札を貼りつける。しかし何も起こらず札は地面に落ちていった。そのまま風に流されていったので追いかけて拾った。
「だめみたいでした。あれくらいなら札で十分だと思ったのですが」
藍風さんは少し残念そうに言いながら戻って来た。それは何も変わらず掴まっていた。
「藍風さんは怪奇の強さのようなものがわかるのですか。あれはそこまで強くないのですね」
私が札の土埃を払うって藍風さんに渡しながら言うと、藍風さんは「はい」と軽く返事をした。
「それにしても、不自然ですね」
藍風さんは再びそれを見ながら首を軽く左右に振っていた。
「ほら、角度を変えてみても同じですよ」
確かに試してみると視界に張り付いているように首の動きに合わせて動いている。少し離れてから見ると先ほどと違い見た目が変わっている。謎だ。時折、木にぶつかったような音が聞こえてくる。
「どうしましょうか」
「そうですね、対処の仕方は分かりましたのでもう少し観察していませんか」
藍風さんは少し頬を赤くしながら言った。
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対処法を聞いてから近くのベンチに座り、それを見ながら時間を潰した。時間が決まっている対処法だからだった。
「そういえばですが、近々仕事を辞めることにしました。今は有休消化中ですので、何かあったら言ってください」
いずれ言うことだ。丁度良い機会だ。
「そうですか…。大人はいろいろ大変なんですね」
藍風さんは目を大きくしてこちらを見つめていた。瞳が潤んでいた。
「そんな大したことではないですよ。今は良くあることですから気にしないでください」
少し気まずい時間が流れた。話題を変えよう。
「藍風さんは、そろそろ冬休みですか。何かご予定はありますか」
「特になかったですが、上野さんがもし良かったら怪奇の対処をして回りたいです。中々平日に怪奇の対処をすることができないですし、やっぱり上野さんにいてもらえると助かるんです」
優しい、落ち着く香りが風に乗って流れてくる。
「それはありがたい話です。それに私も藍風さんに助けられていますよ」
「あ、ありがとうございます」
またもや気まずい空気が流れた。
「そういえばですが―」
再び話を変えよう。
「この間、夢の中の幽霊を弦間さんに祓ってもらいましてね、お蔭で夜もぐっすりですよ」
「良かったですね。そういうよくわからないモノは遠ざけたいですよね。でも、どうやって夢の世界に入って行ったのですか」
確かに、話を聞いただけだとそう思ってしまう。
「実は、現実の世界で対処してもらったんですよ。だから夢の中に入ったわけではないんです」
「そうですか。上手に使って好きな夢が見られれば楽しいと思ったのですが」
年相応にメルヘンなことを言うものだと思った。
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時間が近づいて来たので藍風さんと私は縄をそのままにして一旦保育園まで戻った。それからスコップと軍手を借りて保育園前の側溝の蓋を1枚剥がした。
「もう少し待ってください」
藍風さんが時計を見ながらタイミングを計っている。藍風さん一人では剥がすのは大変だろうから、私が担当した。下を向いて構えているとどぶ臭い。
「今です」
その声が聞こえると同時に蓋を前後逆にして元に戻した。
「お疲れ様でした」
立ち上がった私に藍風さんが言った。
「いえ、たいしたことではありません。一度公園に戻りましょう」
ただひっくり返しただけだ。スコップと軍手を保育園に返すと公園まで縄を回収がてらそれがどうなったか確認しに行った。それの姿形はなくなっていた。単にどこかに行ったのか、消えたのかは分からなかった。藍風さんは分かったのだろうか。縄には木についていた苔が移っていた。藍風さんがそれを払い落した。それからリュックサックに詰めて、保育園に返した。園長は早い解決に驚きながらもお礼を言っていた。そこそこ日が傾いていたがまだ園児が一人残っていた。
「そういえば、どうしてあの部分を握らなかったのでしょうか」
園長がふとした疑問を問いかけてきた。
「そこには先客の妖怪が掴まっていたようです。それも園の外に出てからついて来るようです」
まあ微妙に違うが、分かりやすく説明するならこのくらいだろう。私達もわからなかったのは何故園児がそこを掴まなかったかだ。幼児はそういう第六感が働いているのだろうか。見えたり、聞こえたりしていたらそれに対する反応があるはずだし、保母さんが気づくだろう。
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保育園でからそれぞれの帰路についた。藍風さんに退職することを話してから少し気が楽になった。ドロドロした社内のあれこれは話すつもりはないし、早いと思うが、こちらの気持ちを汲んでくれることが社内ではなかったから心が軽くなった。夕食は余り物を食べて、硬貨虫に拾ってきた石をあげて、早めに寝ようとしたがコーヒーを半端な時間に飲んだせいか、なかなか眠ることができなかった。