第46話 園児の来る公園(中編)
第46話 園児の来る公園(中編)
いつもなら休日に家事を行うのだが、平日に済ませてしまったのですることがなかった。藍風さんと保育園に行くのは午後からだったので本を読んで時間を適度に潰した。保育園が休日もやっているのは意外だった。シフト制なのだろうか。大変だと思う。いつもなら藍風さんを自宅まで迎えに行って依頼先に向かうが、今回はそうすることもなく、各々自宅から保育園に直行した。
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天気は良くも悪くもなかったので、昼食を取ってからジャケットにコートを着て保育園に向かった。普段通らないような細道を通っていくと脇の田畑に獣のようなモノが伏せているのが見えた。何かはわからなかった。保育園は思ったよりも大きく、新しめに見えた。建物も、庭も、駐車場も大きかった。
(この規模ならシフト制にできても不自然ではない。ただ、ここに建てて園児は集まるのか…)
近づくと裏手に園バスが見えた。これの存在を忘れていた。自分の通っていた所にはなかったがアニメでよく見ていたのを思い出した。建物の中には園児が数人ちらほら見えた。若そうな保母さんが目を配らせつつあやしていた。玄関のインターフォンを押して中に入るとすでに藍風さんが来ていた。
「こんにちは」
藍風さんはタイツに黒いスカート、白いセーターを着ていた。横には脱いだ臙脂色のコートが置いてあった。スリッパのパタパタという音が近づいて来た。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
私もコートを脱いで一緒にソファに座った。インターフォンに出た園長は席を外しているようだった。しかしほどなくしてお茶を持って園長がやって来た。そこで語られた依頼内容は以下の通りだった。
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新しく赴任してきた若い保母さんがあることに気づいたという。散歩縄(と園長が言っていた)の特定の場所に園児が掴まることがないというのだ。始めは単に後ろだから人気がないのかと思っていたらしいが、どうやらそうでもないらしい。他の保母さんは気にならなかったようだが言われてみると昔からそうであるようで、手垢の付き具合が明らかに違っていた。特に子供たちにしか見えない何かが園内にいるわけではないが、園児に何かあっても、変な噂がたっても困る。そんなわけで園長が協会に依頼をした。
何かいるならその正体と、できれば遠ざけてほしいと言うことだった。
特に何か起こったわけでもないし、報酬も多くはない。すぐに対応してくれるとは思っていなかったらしい。園長は丁寧にお礼を言っていた。藍風さんがこの依頼を受けた理由は分からない。
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話を聞き終わった私達は園を見て回ることにした。独特の子供の匂いが園内に漂っている。園児と若い保母さんが積み木で遊んでいる。他の園児は絵を描いていたり、絵本を読んでいたりとおとなしく遊んでいた。私達はどう映っているだろうか。明らかに部外者だが、誰かの兄か姉と言う体で堂々としていればいいだろう。園児は気にしないだろうし、保母さんは話を聞いているはずだ。そんなこんなで一通り見て回ったが公園のときにいたモノはいなかった。
「いないですね」
藍風さんが再びソファに腰掛けて呟いた。
「そうですね」
特に思いつくこともなく、ぼーっとした答えを返す。あの縄を見せてもらっても、確かに手垢の付きは違ったがそれ以外何もなかった。
「上野さん、何か思いつきますか」
そういわれて改めて考えてみるが、決定的なことは思いつかない。
「うーん。試しに縄を借りて公園に行ってみますか」
縄を持ったまま公園まで行くのは恥ずかしいものがあるので、リュックサックに詰めることにした。道中で何かがついて来ることもなく数分で公園についた。公園は休日ということもあって家族連れがめいめい楽しんでいた。健康そうな男女が並列に走っていた。私はリュックサックから縄を取り出し、試しに両端を藍風さんと持ってみた。
(何も起こらない)
ただ間に風が流れるだけだった。
それから何とかアイデアを出し、縄を使って色々と試してみた。しかし、何も起こらなかった。ある程度を試した後、少し休憩しようと思い縄を近くの木にぶら下げて自動販売機に向かった。
「藍風さんは何を飲みますか」
ベンチで休んでいてもいいのに律儀について来る辺り、何があるか見てから飲み物を決めたいのだろう。
「私は、そうですね、この紅茶にします」
藍風さんは財布から小銭を出して缶の紅茶を買った。自分が払ってもよかったがそこら辺はしっかりしている。藍風さんの方が稼いでいる可能性さえある。年上だから別に払ってもよかったが。そういう考えに引っ張られているのはどうなのだろうか。私は缶コーヒーを選んだ。2人で縄をかけた木の近くのベンチに座った。
缶を両手で持っている藍風さんの姿がハムスターがヒマワリの種を持っているのに似ていた。手元が寒かったのだろう。縄を掴んでいたモノがどうやったら姿を現すのか、少し小声で話しながら休憩した。日差しが心地よく、毛布をかけて眠れそうなほどだった。
そうして飲み終わって缶をごみ箱に捨てに行き戻ってくると、縄の一端にそれがいつの間にか掴まっていた。