第5話 道の線路
第5話 道の線路
協会に所属したが勿論私は実力があるわけではないので個別に連絡は来るわけではない。協会のHPから依頼内容を検索して見ても私がアクセスできる情報はほとんどないし(能力によって解禁される情報が増えるようだ)、あったとしても対応の仕方はいまだわからない。と、いうことでしばらくは藍風さんのお誘いを待って一緒に行動することになるだろう。藍風さんもそう勧めていた。みーぽんさんとはあれから簡単な連絡をしたが、Y○ut○berかどうかの確認は未だしていない。何となく聞きにくいのはなぜだろうか。みーぽんさんは「みーでいいですよー」、と言っていたので藍風さんと同じようにみーさんとこれから呼ばせてもらう。藍風さんはみー(→)さんと呼んでいたが私はみー(↑)さんと発音した方が楽だ(発音記号?はあっているだろうか)。
次の日曜日に地区をまたいだZ県に行きたいと藍風さんからお誘いがあった。公共機関のない所に行くため車の運転ができる私に着いてきて欲しいそうだ。翌日は祝日なので遅くなってもお互い大丈夫だ。地区をまたいだ依頼が来たのは他の霊能力者が現地に行っても中々出現しないからだそうである。理屈抜きの能力はこうした時に重宝される、と藍風さんは言っていた。ただし、万能ではなく、分からないときは分からない、できないときはできないとも言っていた。
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日曜日の昼前、私は藍風さんを中学校まで迎えに行った。何でも生徒会で企画しているイベントの準備があるそうだ。来校許可は下りているので(今日日緩いと思う)、車を駐車場に停めて玄関の前へ向かった。
(少し早く着いたな)
全く縁もない学校だが、学校、というのが懐かしさを感じる。4階建ての鉄筋コンクリート建てだろうか。玄関の裏にグラウンドとプール、それから木造の旧校舎がある。旧校舎は物置に使われているようで、体育祭で使う大玉らしきものが窓から見える。旧校舎と新校舎にある体育館の別にもう一つ体育館があり、部活動の掛け声が聞こえる。(さすがに旧校舎のは使っていないようだ。)
玄関口にたどり着いたがまだ時間少し時間が余っていた。首から来校許可証をぶら下げているとはいえ、何となく気まずい。ちらほらと下校する中学生が私の前を通り過ぎていった。自転車用のヘルメットがこれまた懐かしさを感じる。私が中学生の頃は何を考えていただろうか…
「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
物思いにふけっていると藍風さんが玄関口から出てきた。初めて会った時と同じ登山服を着ている。私も同様にハイキングに行くような恰好をしてきた。藍風さんの後ろの女子中学生が2人こちらを伺っていた。友達のようだ。
「こちらこそよろしくお願いします。えーと、そちらは?」
聞くか迷ったが中学生と言えど適当に扱うのは良くないと思った。向こうもこちらに興味があったのか、自己紹介をしてきた。
「こんにちは。藍風さんのお知合いですよね。私は城山真奈と言います。藍風さんと同じ2年生で、生徒会で一緒です」
藍風さんより背丈は高く、普通の中学生くらいだ。男子中学生が丁度憧れるような文化部の体型をしている。具体的に言うのは控える。
「こんにちは。江崎詩織です。私も同じ学年で、生徒会です」
城山さんよりさらに背が高く、すらっとしている。少し日焼けしているので、屋外のスポーツもやっているのだろうか。多分陸上部と思われるような軽そうな見た目だ。こちらも言わない。
「こんにちは。上野良冬です」
藍風さんとは、と言おうとして私たちの関係は何なのだろうか。と詰まってしまった。正直に言っても信用されないだろうが、嘘をつくにもお互い詳しいわけではない。何か言うのもかえって怪しいと思い、そのまま黙った。特に不自然に感じなかったようで、そのまま2人は駐輪場へ行った。
「じゃあ、行きましょうか」
藍風さんは一回家に帰らなくてよかったのだろうか。そもそも学校で待ち合わせするのは良かったのか。これももしかしたら対応の一環なのだろうか。真意はわからない。私は車まで一緒に向かって鍵を開けた。藍風さんは助手席に乗ってきた。ふわり、とリンゴのような優しい香りが車内に広がった。運転慣れしていない道なので、自然と口数は少なくなる。藍風さんも口数が多い方ではないようで、物憂げに窓の外を眺めている。やがて高速道路に入ったが会話のきっかけを見つけられずにいた。私は今回の依頼内容を思い出していた。
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Z県の工業地帯から車で30分ほど離れたベッドタウン、そこからさらに奥に行った山中で轢死体がここ2カ月で5体見られたという。初めは死体遺棄として警察の捜査がなされたようだが、どうみてもそこで轢かれたような血痕や肉片が木々や岩々に付着しており、あまりにも不思議で協会に対応を依頼したそうだ。Z県を担当している霊能力者が現地の調査をして怪奇であるということまでは分かったそうだが、肝心の怪奇が捉えられなかった。そうしているうちにも犠牲者が増えるかもしれないので、今回地区をまたいでの依頼がなされた。
初めの犠牲者は50代男性。彼は工業地帯で働いており、休日を利用していつも近くの山でハイキングを楽しんでいたそうだ。当日の夜、いつになっても帰ってこない家族がさすがに遅いということで近所の人と探しに行ったところ、少し登ったあたりでひどい血の臭いと、肉片に群がる動物、それから彼の持ち物が見つかり警察に通報。
2人目は70代男性。彼は初めの事件を知っていたが山の反対側なら大丈夫だろうと、渓流釣りに出かけた。こちらもいつになっても帰ってこないので家族が通報し、警察がぐちゃぐちゃになった彼が岩に叩きつけられてばらばらになっているのを見つけた。
3人目と4人目は40代の夫婦で、事件のことは知らずに近くの町から遊びに来た。こちらも轢死体で発見され、何人分の肉片か特定が難航した。
5人目は20代の男性で、脇を通る山道をバイクで通っていたようだが、崖下でバイクごとばらばらになって発見。ほとんど食べつくされていた。
その辺りで伝承や曰くがあるという記録は見つからず、共通項もその山というくらいである。しかし無差別ではなく、無事に下りてくる人達もいる。(少なくとも調査に向かった警察や捜索した人達は無事だった。)5人目は山道で見つかったためこの怪奇は広がっている、あるいは移動しているのではないかという予測が立っている。
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しばらくして最寄りの道の駅に着いた。私達は休憩と遅めの昼食をとった。二人とも山菜定食を食べた。丁度藍風さんが席を立ったとき、気さくな中年女性の店員が「かわいい妹さんですね」と早とちりをした。この時間帯この見た目の二人が来るのはそういう関係と思ったのだろう。私は「ありがとうございます」と返した。それから高速道路を降りて一般道へ入り、少し行った先にある山の近くの駐車場に車を停めた。
「これから、山を登って見ます。先に調査された記録ではこの辺りが最も怪しいそうです」
「普段慣れないところですから、暗くなる前に下山しましょうか」
私は登山経験がそれなりにある。
「そうですね。上野さんは見えるかもしれませんが、私はそこまで目が良くありません。ただ、夜に怪奇が現れることかもしれないのでそのときは待ちましょう」
とんだ持久戦だ。
「その辺は藍風さんの判断にお任せします。ただ、山の天気は変わりやすいので気を付けましょうか」
「ありがとうございます」
心なしか照れているように見えた。
登山道はなだらかで軽装でも歩けそうなハイキングコースだった。道幅も広く、周囲も木々や岩々がばらついていて視界が開けていた。心配していたがこれなら遭難することもないだろう。しかし、こんなところでどうやって轢死が起こるのだろうか。集中しても特別なものは見えず、異音も聞こえない。藍風さんも辺りを見回して何かを探しているようである。
それからしばらく経って私たちは小休憩をとった。少し開いたところで風通しが良く、景色もそれなりだ。紅葉の季節には見栄えが良いだろうと思った。近くを流れる沢にカニが2匹動いているのが見えた。あれらも兄弟なのだろうか。バカみたいなことを考えた。藍風さんは少し疲れているようだった。体力はあまりないようだ。
「上野さんは何か見つかりましたか」
藍風さんが休憩しながらふと聞いてきた。
「私は特別なものは分かりませんでした。藍風さんは何か見つけましたか」
「私も見つけられていません。電車で轢かれたように見えたということで線路を探しているんですが。いつもこんな感じです」
「そうですか。そういえばどうやって対応するんですか」
「うーん、私もまだわからないです」
予めわかっているときとそうでもないときがあるようだ。
休憩後、私達は一旦来た道を戻り、途中の三叉路からもう一つの道に入った。風景は変わらない。しかし、ほどなくして道が途切れてしまったため来た道を折り返すことにした。こちらの入口は外れだったのか、何か条件が悪かったのか、考えていると不意に妙な気配がした。
「上野さん」
いつの間に現れたのだろうか。藍風さんも気づいたようだ。三叉路に線路がかかっていた。両端を見ても見える範囲で途切れていない。カンカンと踏切の音が響く。突然目の前を古い一両編成の電車が通り過ぎようとした。とっさに藍風さんをかばったが電車はそのまま通り過ぎていった。
「ありがとうございます」
藍風さんは電車の過ぎた方を見つめながら言った。電車が見えなくなったところで線路は霧でできていたかのように消えた。幻ではない。通り過ぎたときの風圧は本物だった。あれに皆轢かれたのだ。
「いつの間に出てきたんでしょうか。線路の外にいれば大丈夫そうですね」
「はい。それに現れたことで対応の仕方がわかりました。少し手間がかかりますが」
藍風さんはそういって三叉路の中央に石を積み重ねて置いた。藍風さんの能力にはよくわからない条件があるようだ。
「これで、次もここに現れると思います。多分1時間後位だと思いますので、それまでに何かの抜け殻と竹が要ります」
「なるほど。竹は割りばしを持っていますが、それでも大丈夫ですか」
「はい。それで大丈夫です。後は何でもよいので抜け殻を探しましょう」
藍風さんと私は二手に分かれて探し始めた。直に暗くなる時間だったので女の子一人では心配だった。季節柄セミの抜け殻もなく、また、蛇の抜け殻が落ちていたりもしない。抜け殻のありそうな場所、そういえば、先程行った沢にカニがいた。それの抜け殻がもしかしたらあるかもしれない。思い立って向かい、石の裏をめくっていると見つけた。一見、動かないだけで生きているようだった。それをありがたく頂戴し、藍風さんへ連絡し、三叉路へ急いで戻った。藍風さんは先に着いていて、竹の割りばしを線路の現れた向きと垂直に地面に並べているところだった。
「お疲れ様です。抜け殻を割りばしの上に置いてもらえますか」
言われた通りに抜け殻を置いた。風がわずかに吹いていたが、糊で付けたかのように地面から割りばしと抜け殻は動かなかった。15分程すぎて、山中が暗くなってきはじめて、またあのカンカンという音が聞こえてきた。と同時に線路が現れ、例の電車が向かってきた。2度目なので余裕をもって観察できた。ライトは点いておらず、特急並みの速度で進んでくる。こちらに進路を変えたら脅威だが線路の上からははずれないだろう。そのまま少し離れたところで待っていると電車は三叉路に突き当たり、割りばしと抜け殻にぶつかり、消えた。
「これで終わりみたいです」
藍風さんは緊張の糸が解けたらしく、深呼吸をしながら言った。
「お疲れ様です」
私も集中を解いて、抜け殻へ向かった。さすがに疲れた。
抜け殻はまるで金属が詰められたかのように重たくなっていた。しかし、中には何も入っていなかった。それに札を貼るとリュックサックの中に入れ、下山した。後で協会に届ける必要がある。
帰り道、途中の道の駅によって、また山菜定食を食べた。辺りはすっかり暗くなっていた。藍風さんは車に乗るとそのまますやすやと寝入ってしまった。よほど疲れたのだろうと思った。空調を少し上げて風邪をひかないようにした。文松町に着いてから藍風さんを起こし、自宅まで案内してもらった。(込み入った道だと難しい。)私が自宅に着いたときには日が変わりそうだった。そのまま布団に倒れこみ、翌日の昼まで寝た。
後日、カニの抜け殻を支部まで届けた。みーさんはそれを受け取って、木の箱に入れた。暇そうだったのでY○ut○berの話をそれとなくした。特にまわりに話していないが、隠しているわけでもないということだった。副業をしている霊能力者は多いらしい。
藍風さんに来校許可証を返そうとしたが、特に使う人もいないので持っていてほしいと言われた。これは今後もたびたび使うことになりそうだ。