第45話 園児の来る公園(前編)
第45話 園児の来る公園(前編)
もう少し準備ができてからの方が良かったが、もう退職届を出してしまったものは仕方がない。退職手続きを行うにあたっては上司がまだ粘って人事部も再考云々言ってきたので、役員に上司が奴や取り巻きと不倫、一斉妊娠出産していたことをそれとなく仄めかしておいた。その見返りか、口封じか、その話をしてから人事部との手続きが滞りなく進んだ。お互いに誠実に普通にしていれば黙っていたのに、私が生きるための障害となったのだから容赦はしない。
普段休日に行うような家事を行った。それでも時間ができたので先日買っておいた歴史の本を読んだ。ただ土台がないので難しく、続かない。頭も疲れてきたので普段行くことのない公園に行ってみた。平日の昼間で晴れており、少し寒かったがコートを着ていれば気持ちの良い天気だった。適当に散策して日当たりのよいベンチに座った。
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(次は本でも持ってこようか)
のんびりとした時間が流れていた。遠くで老夫婦がゆっくり歩いている。小さい丸いモノが数個転がっている。犬がそれを追いかけて行ってリードにつられた女性がびっくりしている。保育園の園児達が保母さんに連れられて散歩している。綱引きのひもの短いものにムカデの脚のようにひもを横に結んでいて、保母さんが中央のひもを引っ張っている。園児は横のひもをもって従順についていっている。後ろから2人の保母さんがサポートしている。時折園児が近くにいる鳩の方に向かおうとして、サポートの保母さんが連れ戻している。
(ん…?)
違和感のあるモノを見つけた。最後尾の園児がこちら側のモノではない。他の人には見えていないようだ。見た目は園児そのものだが、よく見ると動きがやや不自然だった。それは列から外れることもなく、ひもを持って歩いている。
(目を合わせないようにしないと…)
見えていることに気づかれたらこちらに危害を加えるかもしれない。焦点を合わせないようにしながら目の端で観察する。本当は即刻離れるのが良いだろうが何となく見捨てるのも悪い気がする。害があるとは限らないが。急に保母さんに話しかけたら不審者直行だろう。
それは幽霊なのか。園児の姿に見える何かなのか。意思があるのか。ただの像なのか。耳を澄ませるとかすかにそれの足音が聞こえるが、怪奇のものなので他の人には聞こえていない。だから形のあるモノだとは思うが、もしかしたら違うかもしれない。テレビに映っているものがそこにないのと同じようなものだ。モニターとスピーカーに分離している可能性すらある。
「こんにちは」
透き通るような声が後ろから聞こえてきた。藍風さんだ。声をかけられる前からそうではないかと思っていたが、前方に意識が集中していたので気にしていなかった。
「こんにちは、藍風さん」
「ここで会うのは初めてですね。何をしていたんですか」
藍風さんは制服姿で荷物と手提げ袋を持っていた。下校途中に買い物してそれから帰宅するところなのだろう。近場のスーパーと藍風さんの家を結ぶとこの公園が確かにある。
「藍風さん、あの園児たちの後ろにいるあれ、何だかわかりますか」
ついでだから聞いてみようと思った。私よりも怪奇には詳しい。藍風さんは私の隣に腰を下ろすと、隣に荷物を置いた。優しい香りが溶けるように入って来た。
「あれですか、うーん…」
藍風さんは身を乗り出して園児たちの方を見た。大分遠くに行っていたから見えにくいのだろう。髪が背中から流れて肩から垂れていく。太陽光を反射して輝いている。
「分かりませんが、霊ではないです」
「霊ではないですか」
霊かそうでないかの区別ができるらしい。
「特に危険なようでもないので、しばらく様子を見てみますか。今日限りのモノの場合もありますし」
確かに慈善事業をしているわけでもないし、怪奇が常に悪とは限らないから対処するのもどうなのか。それがベストだろう。
「そうですね。何も起こっていないなら無理に手を加える必要もないでしょうから」
「ところで、上野さんは今日お休みですか。珍しいですね」
「有給休暇で休みなんですよ。散歩をしていたらここに着いていましてね」
仕事を辞めるというのを何だか言いづらい。別にいつか言うのだけれども。
「そうですか。ああいうのを見ていたのは子供が好きだからだったりしますか」
少し不思議な質問をされた。
「子供は特に、普通ですよ。偶々視界に入ったんです」
「そうですか」
藍風さんの目線の先には季節外れのカエルが一匹いた。冬眠していないのは何か、熱源の近くに棲みついていたのだろうか。そこから出たら死んでしまうからおとなしく冬眠すればよいのに。この天気で出て来たいのはわかるが。
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その後、藍風さんと公園を後にしてそれぞれ家に帰った。夕食を食べてからスマホをチェックすると藍風さんからメールが入っていた。
『さっき公園で見たモノについての依頼が新しく入っていました。一緒に受けたいのですが大丈夫ですか』
平日の時間の融通が効くようになったからこういうのも一緒にすることができる。藍風さんにOKの返事を出して、やりとりを一通り行った。それから歴史の教科書に目を通したがやはり難しい。あまり時間をかけてもわからないものはわからない。明日になれば脳も整理されているだろうと思い、早めに寝た。