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第44話 覚悟

第44話 決意


 思うことは、決して、忘れなかったということだ。皆が幸せになれることが理想だが、現実問題社会は競争だから、その争いでどうこうなることは別に良かった。手段のクリーンさは自分の満足(と法令、コンプライアンス遵守)だし、ポジションを守るために組織を停滞させて何かが違うものを排他するのは究極生きる、つまり金を得るために最大限の楽な行動だろう。そのために誰かがどうなろうが知ったことではないというのは分からなくもない。自分はしたいとは思わないし、そのカウンターは認められていない。アサーティブな言動は排除される。レッテルを貼って集団の仮想敵を作っておけば組織はまとめやすい。そうなると蓄積されていく。決して、忘れなかったからな。これが生存競争であるなら、攻撃を仕掛けてきたということは反撃されるリスクと覚悟を持っているべきなのである。



 職場でいつも通り仕事をしていると午後、奴が私服で現れた。社員だから普通に入ることはできる。葬儀終わりだろう、燃えた死体の臭いが不快な体臭と混ざり合って、その場を離れたくなった。関与しないように、無でいようと、ついでに小休憩しようと給湯室に向かった。


 「わだじのがぞぐをがえ゛じなざい゛ぃぃぃ!」

 奴は私の姿を見るとこちらに寄ってきて殴りかかって来た。といっても、あの程度ならいなすことができた。幸いそこには関係ない部署の人がいた。某男性が捕まえて某女性がなだめていた。私は一刻も早く離れたかったが、某男性に呼び止められた。上役だから断れなかった。気が狂ったように奴は騒いでいた。「がぞぐをがえ゛ぜぇぇぇ」、「お゛まえ゛のぜい゛だぁぁぁ」、「ごろじでやるぅぅぅ」、「ごろざれるぅぅぅ」などなど色々な音を出していた。騒ぎを聞きつけて上司と同僚、それから役員が現れた。


 「何の騒ぎだね、君は忌引き中ではなかったのではないかな?」

 役員が奴に問いかけた。奴は錯乱して答えられる状態ではなかった。某女性が何が起こったか話した。


 「どういうことか知らないが、君、彼と彼女には何かあったのかね?」

 役員は上司に向かって私と奴を指さしながら言った。どう答えるものかと思った。今まで上手に隠していたからだ。


 「いやー、同僚ですからお互いに少し良くないところがあったかもしれませんが、彼女は仕事を頑張っています。こんなときですから動揺しているのでしょう」

 話のずらしがうまかった。役員の質問に答えていないし、何となく私が悪という印象を与えていた。不快だった。


 「君に心当たりはあるか?」

 今度は私に言った。


 「どうやって彼女の子供を殺したというのでしょうか。そんなことは決してしません」

 心当たりはあるが別に正直に答える義務はない。次第にギャラリーが集まってきた。次第にお前が悪いという雰囲気が漂わせられていた。何もしていないのに。


 「ごろざれるぅぅぅ」

 相変わらず、不快な音を出していた。取り巻きがアピールなのか奴の周りに集まって慰めたふりをしていた。


 「本当に心当たりはないのか」

 場の雰囲気をくみ取ってか、再度役員が聞いてきた。こんなことしている暇はない人なのにと思った。上司がこちらを睨み付けていた。


 「申し訳ありませんが、意味が分かりません。どうして顔も名前も知らなかった人を死なせるのでしょうか」

 誰か一人でもありえないとかばってくれる人はいなかった。奴のわめき声が響いていた。誰も、何も言わなかった。あんな異常な状況でも皆保身を考えていた。失望した。


「わかりました。○月×日をもって退職します。明日からは有給休暇を取得します。引継ぎ等の連絡はメールにて行ってください」

 元々考えていて、ボーナスが減っていたのが決め手になっていた。食い扶持をつなぐために我慢していただけだった。しかしもういても意味はない。だったら家で勉強していた方がました。貯金は厳しいが何とかなるだろう。引継ぎ用の資料は作ってある。彼らが理解できるかは私の知ったことではない。事前に用意していた退職届を人事部に持っていった。上司は「君のためによくない」とか「なんとかするから」とかごまかしをしていたが、知ったことではない。役員が事情を鑑みて受領した。



 何故、奴の子供が死んだのかは察していた。私が突き刺した棒が刺さった幽霊が奴の後ろにたたずんでいたからだ。ということは呪いをかけたのは、あるいは誰かにかけさせたのは図らずかもしれないが奴ということだ。だから奴の子供が死んだところで、それは奴が原因だから私に擦り付けられても困る。別に対応法や対応先を教える義務はない。何故なら、私は、奴に対して無だからだ。どこかの国で蚤が一匹死にそうになってたとして、それを助けるかと言う話だ。それに、私の、本当に大事な世界に、奴のようなものが絡んでくるのが筆舌しがたい嫌悪でしかなかった。


 思い返してみるとそうとう追い詰められていた。特に、弱者のふりをした恫喝は上司の助長もあって重くのしかかっていた。あの日、山に登ったのは何をするためだったのだろうか。何故、崖に身を任せることになったのか。藍風さんに会っていなかったら…。



 別に送別会があるわけでもなく、形式上の別れの言葉を何人かから言われて私は会社を後にしようした。階段のそばの廊下を通った時だった。押さえつけられていたはずの奴が階上からこちらに向かってきた。臭いと音で後ろから来るのがわかった。迎えが来なかったことから奴は一旦は落ち着いて、これから帰るところだったのだろう。私を見て再び錯乱した奴は階段を走って降りてきた。大勢が見ていた。奴の足がもつれたように階段から離れ、落ちていった。


 ゴキリ、


 鈍い音がした。多分首辺りの骨が折れていた。変な方向に曲がっていた。幽霊は奴を見つめて消えていった。足をすくったのはあいつだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 私はそのまま帰ったからその後のことは知らないしどうでもいい。無、だ。明日から、正確には退職になってからの生活を考えなくてはならない。楽しいが大変になりそうだ。夕食はトンカツを食べた。ついでに分かったことがある。幽霊は奴と上司と取り巻きが不倫関係にあったことをそれとなく示していた。部屋に入ってくるたびにそちらに指を向けていたからだ。次は彼らの番とでも言いたかったのか。消えたのは一旦か、永久に消えたのかはわからないが。


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