第43話 呪詛返し・その後(後編)
第43話 呪詛返し・その後(後編)
偶然と言うのは得てして起こるもので、奴の残りのもう一人の子供が死んだそうだ。まだ小さかったので通夜でごたついていて目を離したすきに何かを詰まらせたのか、喉をかきむしって血走った眼でひっくり返っていたそうだ。畳の上は血だまりで着ていた服はぐっしょりと濡れていた、というのを周りに聞こえるように某が吹聴していた。夫婦で責任の擦り付け合いをしていたのを親戚が聞いて、それが中学の同級生だった某まで噂話として流れてきたという。ついでにその子供の血液型が夫が聞いていたのと違っていて浮気が疑われているらしい。
職場はしょうもない仕事が滞っていてそこそこごたごたしていた。属人化しないでマルチタスクにできるようにとやんわり提案してこともあったが、言い訳とレッテル貼りで流されたことを思い出していた。香典はまたケチをつけられる前に上司に渡しておいた。上司も不自然なほどに取り乱していた。案外浮気相手は彼なのではないか。数人ほぼ同時に妊娠出産して産休育休をとったことがあったが(その分他の社員はかなり働いた、派遣社員さんも何とか雇って乗り切った)、全員上司の子供なのではないかと下らないことを考えた。仕事量は少し増えたが、私は奴から特に何も教わらなかったので(そうしようとしたときもあったがあれこれ理由をつけてごまかされて、何故か上司がかばうといういつもの流れだった)手伝うこともないし、いつも通り帰った。
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良い天気で空気が気持ち良かったので折角だからとG駅に向かった。特に目的はなかったが昨日の今日で飲んでも良いし、がっつり食べてもよいしと考えて電車に乗った。車窓を流れる景色が陽が落ちるのに合わせて、都市に近づくにつれて、色とりどりの様相を示していた。最近、つまり藍風さんに出会ってから健康になることができるようになったと思う。藍風さんが誘ってくれたからこそ怪奇、協会と出会うことができた。空が赤紫からだんだん墨色に変わっていき、G駅に着いた頃にはビル明かりや街灯が一層空の暗さを引き立てていた。
(さて、何を食べようか)
G駅に来たのだから先に何か買おうとふと思い立つ。何となしに駅前のデパートに入ると案内に本屋があった。怪奇やそれの対処法を知るのに背景として日本史、世界史(西洋史)の勉強がしたかったので丁度良かった。最近はWebでも勉強できるが、やっぱり書き込みができて慣れている本が良い。古い人間なのかもしれない。
本を買い終えて店から出ようとしたときに金髪の女の子と目が合った。ツァップさんだった。
「こんばんは、偶然ですね」
会うとは思っていなかったので驚いた。日本語が出て来そうだったがなんとか英語であいさつができた。面倒なので日本語に訳して書く。
「こんばんは、何を買っていたのですか」
ツァップさんはコートを着ていてそこから覗いている足にはタイツを履いていた。靴はブーツだった。少しウェーブのかかった金髪とこちらを見つめる大きな緑色の目が印象的だった。すらっとした姿に似合っていた。
「世界史と日本史の教科書です。学校で勉強していなかったのですが興味が湧いたのですよ。ツァップさんは?」
「私はこれを買いました。英語の本はあまりおいていなかったです。日本語が読めないので勉強にです」
普通の書店には洋書はないだろうし、ましてやドイツ語の本はないだろう。そんなことを考えている間にツァップさんが取り出したのは絵本だった。プ○キュアの。色遣いがカラフルで原色原色していた。ツァップさんはニコニコしていた。
「ところで、上野さんは夕食を食べましたか。良かったら一緒に食べませんか」
「まだです。是非行きましょう」
ツァップさんの好みを聞くとフォークとスプーンが使えるところが良いということだったので洋食屋に行った。二人ともおすすめパスタを頼んだ。というよりツァップさんは日本語がわからないので私に合わせただけだと思う。
「ツァップさんは、普段何を食べていますか」
来日して1週間経つがどうやっているのだろうか。メニューも読めなかったようだし。
「ホテルは英語が通じるのでそこで済ませています。外食はみーさんと一緒に行くことがあったけど、1人では行かないです。あとはコンビニでお菓子を買うくらいです」
そういえばホテル暮らしだから大丈夫か。
「普段は何をしていますか。どこか観光に行きましたか」
「ええと、協会の仕事をしたいけれども日本語が読めないから、部屋で過ごしています。日本語を勉強して高認とって大学に行こうと思っているんです」
「そうですか。何か手伝えることがあったら言ってくださいね」
人に親切にすることは色々理由があると思うが、悪いことではないと思う。私自身も困っているときに助けてもらったことがある。
改めてツァップさんを見る。金髪で緑色の眼だが、典型的なヨーロッパ人、ドイツ系という顔つきではない。どこかで東洋の血が混ざっているのだと思う。ニコニコと笑っている。コートを脱いでセーター姿になると尚更年相応に幼い印象を覚える。席が近めだからか仄かにマグノリアの香りがした。
それから私の仕事の話をしているうちにパスタが届いた。美味しかった。英語だから時々話がお互い通じないことがあったけれどもそれはそれで楽しめた。
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ホテルまでツァップさんを送り届けている最中、話題がなくなってふと夢の中の幽霊の話をしてみた。もう終わったことだが。
「それは、その、スクブスですか?」
少し頬に赤みが走っていた。
(スクブス…。ああ、サキュバスか)
「そういうものではなかったですよ。追いかけてくるのでどちらかと言うとストーカーです」
あんなのがそんなのだったら気づかないうちに歪み過ぎている。
「そうですよね!私も聞いたことないけれども、悪霊が憑りついていたのでしょうか。もう祓われているから平気だと思います」
専門家の意見は聞いていて参考になる。見解はそれぞれ違っている。
家に帰って、そういえばお酒を飲んでいなかったことを思い出した。ツァップさんは未成年だから遠慮したのだった。みーさんが残していってくれた缶ビールが早速役に立った。本は明日から読もう。