第41話 呪詛返し・その後(前編)
第41話 呪詛返し・その後(前編)
どうでもいいことだが奴の子が死んだらしい。交通事故でバラバラになったそうだ。それも赤信号で飛び出していったそうだ。まあ、どうでもいい。ざまあみろとも思わない。かわいそうとも思わない。無だ。カナダで誰かが死んだからと言って、エジプトで宝くじに誰が当たったからと言ってそれに反応しないのと同じだ。単純に数日仕事が増えるというだけだ。ただ、上司が「上野君は嫌だと思うけれども社会常識だから香典を出した方がいいよ」とわざわざ言ったことが、もうレッテルを貼られているということのだろう。こちらが何もしていなくても対立していることになっているらしい。俺が、いつ、仕掛けた?言われなくても常識で出すに決まっているのに。もうなんなんだろうな。決意のしどきだ。通夜葬式は親族のみなのが奴に無駄な時間をかけずに良いと思った。
みーさんは私が呪詛返しを行ってもらったことを偶然弦間さんから聞いたらしく、昼のうちに見に来たいとSMSに連絡が入っていた。一瞬意味が分からなかったが部屋の記憶を読んで儀式を見たいのだろう。何でもそこそこ貴重なことらしい。弦間さんのOKは出ているそうだ。それなら良いかと思って返信をしようとしたときにあることに気づいた。
(部屋の記憶を読むなら、プライベートが筒抜けになるのではないだろうか)
流石にそれはリスキーだ。もしかしたら風呂に入っていたときに何かを取りに戻ったかもしれないし、それ以上のこともあるかもしれない。お世話にはなっているが…。それに唐突だ。
『予定はないですが、変なところを覗かないですよね(*^_^*)』
冗談に見えるように牽制してみる。恥ずかしい。
『おねーさんはそんなことしないよー。それに印象的なことだけを読むからねー。約束しますよー』
まあ、本人もそう言っているし、私のプライベートを見たところで何にもならないだろうし、お世話にもなっているからと思う。記憶の新鮮さも大事なのだろうし。
『それなら大丈夫ですよ。何時くらいに来ますか。駅まで迎えに行きますよ』
それからそんなやり取りを続けて昼休みを終えた。奴が抜けたところで特に不都合もなく(取り巻きは何かがないと騒いでいた。しょうもない作業を属人化して自分のポジションをつくっているのだろう)、仕事を終えた後早速駅まで迎えに行った。
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昨日も行った駅に着くと中のドラッグストアにみーさんがいるのを見つけた。みーさんは私に気づくとレジ袋に何かをぶら下げながら外に出てきた。流石にジャージではなかった。コートにセーター、ワイドパンツにスニーカーだった。
「おつかれー。今日はありがとー」
「お疲れ様です。寒いから車に行きますか」
その荷物は何だろうか。ビールと肴に見える。
「そうですねー」
「ところでその荷物は…」
「これ?終わったら飲みましょうよー。前も飲みましたから」
例の島で確かに飲んだし同じところにも泊まっていたが、それは宿泊施設のようなものでの話だし、無防備過ぎないだろうか。特にそんな気を起こす気もないが。そういえば終わったら飲もうと書いてあった。外だと思っていた。家の方が安いしまあいいか。
「家にそんなに食べ物ないですよ」
「なら何か買っていきましょうよー」
車の鍵を開け、荷物を後ろにしまうと、みーさんは助手席に乗ってシートを合わせた。女性らしい匂いに混ざって主にバニラとライムの香りがした。厚手の服を着ているのにシートベルトがほんの少し強調していた。それからみーさんと私は近くのスーパーマーケットで弁当を買った(こっちの方がビールが安いとみーさんががっかりしていた)。今日料理を作る気はしなかった。
家に着いて私が家事をしている間にみーさんは部屋の壁に触って目を閉じて止まっていた。再度変なものは見ないでほしいと言っておいたが、自分で見るものを選択できるのだろうか。考えたところで手遅れだが。少し経ったところでみーさんが目を開けた。
「この部屋、少し不思議ですねー。昨日の儀式が曖昧に見えるだけで後は前後も何も見えなくなっています。結界、でもないですし。もう一度トライさせてください」
何だろうか。弦間さんが何かかけていったのだろうか。
それから2回挑戦しても上手くいかなかったらしいみーさんは「儀式は何となく分かったし飲もー」と諦めて缶ビールの蓋を開けた。私もそれに合わせてふたを開けた。コップは特に要らないということだったので直接口をつけた。夕食は二人とも唐揚げ弁当だった。みーさんによく似合っていた。
「みーさんは昨日の様子がどのくらい見えたんですか」
やっぱり気になる物は気になる。
「やっぱり儀式の様子が見えるくらいでしたねー。弦間さんが何か仕掛けていったのかな。弟子のあの少年には優しいんですねー」
嘘はついていないようだ。バイタルサインが正常だ。あと、
「あの弟子は女の子ですよ」
性別を本人は言っていなかったが匂いで分かる。
「そうなんですか。あ、ここの唐揚げはおいしいですねー」
それからみーさんの趣味の話を聞きながら酒と肴を楽しんでいた。昨日も来客があったし、普段から家を綺麗にしておいてよかった。夕飯を食べ終えて、缶ビールの2本目が終わるころ、隣の部屋のクローゼットからガタガタと何かが動く物音がした。
「何?ポルターガイスト?」
頬が赤くなったみーさんが笑いながらも気を張るのが見て分かった。