第40話 呪詛返し
第40話 呪詛返し
ボーナスが減っていた。あの会社は遅刻や欠勤をしていない限り基本給×Nと決まっている。多少パフォーマンスの低い人でも、逆に多少高い人でも基本給×Nだ。頑張れば1.5N、2Nになる。これが仕事をするモチベーションに繋がっていた。いた。何だこれは。会社や客のことを考えて効率よく、質の良いものを提供できるようにした。頑張って数字でも示した。毎朝早く行って勉強していた。今まで基本給×Nだったが、今回は本当に運のよいことに社内でも海外の系列からも評価された。成果を出した。それが、これだ。この規定にない-10000円は何だ。聞いてもごまかされるだろうが。能力不足で規定通り0.5Nになるなら不服だが仕方がない。何だ。それにもましてなのは奴が2チームの仕事を手伝うことができるとかで×2になったということだ。嬉しそうに周囲に吹聴していた。新卒でもできることを2チーム分できることが評価されるのか。倍速でできるわけでもない。出社して始業してからエンジンをかけて、昼前には駄弁り、食後は2,3分遅れて来て、終業前にはエンジンを切っているようなのが、か。それ以下か。要するにお気に入りとそれの敵という評価だったのだろう。
それはどうしようもないとして、弦間さんに除霊の話を頼んだ。例の夢の中の幽霊の話だ。残念ながら無料ではないがそれなりに割引をしてもらった。代わりに弟子が見学に来るそうだが。それでも高額だ。
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仕事を終えて文松駅まで弦間さんを迎えに行った。近場の駅まで来てくれるのはありがたかった。短距離だが高速道路を使って速く向かった。帰宅ラッシュに巻き込まれると非常に時間がかかる。駅に着いて入り口に行くと弦間さんと子供が一人立って待っていた。弟子と聞いていたからもう少し年を取っていると思っていた。二人はスーツケースを持っていた。
「お待たせしました、弦間さん。今日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく、と。今日はお客様でしたね。よろしくお願いします」
「寒いですから車に行きましょう」
それに2人は賛同して3人で車に乗り自宅へ向かった。弦間さんも子供も後ろの席に座っていた。
「えーと、そちらのお子さんはどちら様でしょうか」
黙々と荷物を運び、弦間さんに言われるように動いているが自己紹介はしていない。黒子のようだった。
「ああ。そうだな」
弦間さんは隣の席を向くと「彼は依頼人だがこちら側の人間でもある。自己紹介しなさい」と言った。
「はい。分かりました。初めまして。桾崎澄と言います。よろしくお願いします」
「珍しいお名前ですね。どういう漢字を書くのですか」
「はい。ぐみは木偏に君、さきは山偏の崎、それに水が澄むの澄むでとおるです」
律儀に名前まで答えてくれた。桾崎さんは緊張しているようだった。
「それから、俺は独身だ」
独り言のように弦間さんが言った。
家に人を招くことは滅多にないので私の方も少し緊張していた。多少なりとも綺麗にしたがこんなものだろうか。弦間さんは夢との関連性があると思ってか部屋の中や寝具をじろじろと見ていた。一応硬貨虫はクローゼットの奥に隠しておいたから大丈夫だろう。桾崎さんはスーツケースを開けて何かの準備をしていた。家の中で火を使うということなのでバケツに水を用意した。弦間さんは一通り見て満足したのか別の部屋で着替え始めた。桾崎さんは弦間さんの真似をして色々見ていたが多分分かってはいないのだろう。目の焦点が合っていないような気がする。頑張ってはいるのだと思うが。桾崎さんが着替え終わって出てくると空気が張り詰めた。衣冠束帯に包まれていて、目には突き刺すような威力を構えていた。
「さて、上野さん。一通り家を見て回りましたが、外部には特に異常はないようです。私の護符も貼ってありますから。そうなりますと夢の中に幽霊は存在しているようです。夢の中に私が入ることはできないですから、呪詛返しをここでしてから身固めをしましょう」
それから弦間さんに促されて、桾崎さんが整えた場に入り呪詛返しの秘法を受けた。瞑想をして、それから呪文を唱えながら私の前に置かれた人型と私に交互に何か手ぶりをしていた。何も苦しくなったり楽になったりすることはなかった。しかし、何度も同じことを繰り返してしばらくすると白い靄のようなものが私の頭から伸びていき人型の方に入っていった。それを見た弦間さんはその人型に札を貼り、儀式を終えた。
「よし、終わった。次に身固めを行います」
弦間さんは続いて私の手を握ると祈祷を始めた。桾崎さんは横で目を輝かせながらその様子を見ていた。一心に何かぶつぶつ唱えていたが明瞭に発音されていなかった。1時間ほど経ってもう大分遅くなって来た頃、蝋燭の火が消えかけそうになったときに弦間さんが手を離した。
「これで大丈夫でしょう」
弦間さんは少し消耗した様子で言った。
「ありがとうございます。いくつか質問があるのですが」
「どうぞ」
アフターサービスなのか、協会関係者だからなのか。
「まず、人型に移ったものですが、あれが幽霊の正体でしょうか」
あの白い靄が何なのか気になる。
「あれがおそらく上野さんの言っていた夢の中の幽霊でしょう。幽霊の割に姿形が整っていないのは無理やり移されたからでしょう。桾崎、見えたか」
「え?気配は感じましたが、どんな見た目だったんですか?」
桾崎さんは自分に話を振られると思っていなかったのか、緊張しながらしどろもどろになりながらも答えた。
「俺には白いガスのように見えた。上野、お前はどうだ」
どうやら弦間さんの中では依頼は終わったようで、雑談をしているようだった。
「私も白い靄に見えました」
「桾崎、輪郭だけでも見えるようにならないとな」
桾崎さんは少し落ち込んでいるようだった。修行しているのに素人みたいなものに負けていたら何とも言えないだろう。
「それから、幽霊はどうなったのでしょうか」
話をそらすために次の質問をした。桾崎さんにも悪いだろうし。
「桾崎、答えてみろ」
そうはいっても弦間さんは何だかんだチャンスをあげているようだ。
「はい。上野さんから抜けた幽霊は人型に移されて、そこから呪った相手に帰っていきます。幽霊を飛ばして呪いをかけることもあるんですね」
なんとか答えれらたようだ。
「そうだ。上野が言っていたようにあれは幽霊で、呪いだった。もう戻ってくることはないだろう。俺と桾崎は撤収する。何かあったらまた連絡をくれ」
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弦間さんが着替えている間に桾崎さんが後片付けをした。私は彼らを再び駅まで送り改めてお礼を言った。これで夢を心置きなく見ることができると思った。誰が私に幽霊を飛ばしたのか、幽霊が勝手に飛んできたのか知らないが、私のところに戻ってくる事はないそうだからすっきりとした。幽霊を使って呪うというのは鷹匠と鷹のようなものだろうか。誰かが鷹匠に頼んで鷹を私に飛ばしたとして、戻っていくのは鷹匠なのか誰かなのか。幽霊を飛ばした人がいたとしたら専門家だろうから、そちらに戻ってもいなされてその誰かの方に飛んでいくのだろう。