第4話 協会
第4話 協会
次の土曜日に協会とやらに向かう約束をして私と藍風さんは別れた。協会とはどういったものなのか疑問が湧いたがそんなことを聞くのも野暮に感じて週末を過ごした。
相変わらず職場では静かに無視をされている。誰かを通さないと話しかけてこない奴は何がしたいのだろうか。追及しても言い訳し、問題にしたくない上司に喧嘩両成敗にされるだろう。たちが悪い。関わらないのが吉だ。といっても私も人間だし、いい加減にしてほしい。なあなあにして、スケープゴートにしようとする周囲もたちが悪い。今までならくたばっていただろうが、怪奇を感じられるようになってからは大して気にならなくなったような気がする。要するに、彼らはサイロから出たくないから、それ以外を否定しているのだ。それに飲み込まれつつあったのだろう。視野が倍以上になってから、そうした矮小な連中を気にしなくなった。ただ出世はもう望めなくなったのが残念だ。
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土曜日。先方の都合で13時からG駅近くにある協会に行くことになった。藍風さんも同席するということで12時前に早めの昼食をファミレスで一緒に食べた。私はナポリタン、藍風さんはカルボナーラを食べた。そもそも一緒に向かう必要はないだろうに、よっぽど心配なのだろうか。藍風さんは赤黒チェックの丸襟のワイシャツに茶色のスカートをはいていた。これくらいの年になると少し出歩くにもファッションに気を遣うのだろう。そういうのに疎かった私はいつも通りワイシャツに濃い色のパンツだ。
13時に協会が入っているというビルへ向かった。目立たない雑居ビルの3階にあるそこは一見すると何をしているのか分からない事務所に見える。
「こんにちは」
藍風さんが躊躇なくドアを開けて言った。私も慌てて「こんにちは」と言い中に入った。中は事務机が6つ、応接用と思しきソファ、流しと冷蔵庫、ホワイトボードと奥に扉が3つあった。一般的な事務所のように見えた。すぐに奥の扉から女性が出てきた。
「知都世ちゃん待った―」
「みーさんお久しぶりです」
「そうだねー。面と向かってはしばらくぶりだねー、今日もかわいいー」
みーさんと呼ばれたその女性は親しげに藍風さんとあいさつをした。事務所に似つかわしくない青色のジャージ姿にサンダルでずいぶんラフだ。赤みがかったショートヘアに肉付きの良い(男性視点)体に服装が意外とあっている。自分と同い年くらいだろうか。みーさんは私に気づくと話しかけてきた。
「はじめまして。上野さん、みーぽん(HN)と言います。よろしくお願いします」
「はじめまして。みーぽんさん。上野良冬です。よろしくお願いします」
「今日来ていただいたのは、怪奇対応協会、通称協会に所属していただきたく説明をしたいと思いまして、あ、おかけください」
みーぽんさんはソファに我々を案内すると冷蔵庫からお茶を取り出して配った。勧められて飲むと普段口にしないような旨さが広がった。
「それでは、協会について説明してもよろしいでしょうか」
「お願いします」
「怪奇対応協会、通称協会はここ50年前くらいに結成された組織で、その名の通り、怪奇に対応することを目的としています。霊能力者、妖怪退治をしていた個人、組織は昔からあったのですが、横のつながりを広く持ち、新たな霊能力者の発掘、育成をするために結成されました」
話していることは真面目なのに服装のせいで冗談を言っているように聞こえなくもない。怪奇が常識から外れたものだから格好にも無頓着なのかもしれないが、少なくとも自分は見た目だけは常識側にいようと思った。
「協会は本部と支部に分かれていて、本部は首都、支部は各地方に1か所あります。上野さんが所属される場合はこの辺りをまとめるうちの支部に所属することになります」
「協会に所属すると、依頼を受けることができます。ある程度高位の役職に就くと依頼を協会から直々に依頼を受けなくてはならなくなりますが、基本は自由です。ですので皆さん自分の性質とあっていたり、近場だったりするものを主に対応していますね」
「それから、他の霊能力者とかかわる機会を増やすことができますし、豊富な資料にアクセスすることができます。将来を考えている人にとってはよいチャンスですね」
「給与は手付金9割、成功報酬1割といった感じです。貴重な人材が死んでしまってはなりませんから」
みーぽんさんはカンペ?をところどころ見ながらも説明した。幸い今の会社は副業が認められている。折角だ。所属しよう。
「わかりました。是非協会の一員になりたいと思います」
私がそういったのを聞くと、藍風さんもみーぽんさんもうれしそうな顔をした。仲間が増えるのがうれしいのだろう。
「ありがとうございます。他のメンバー紹介は追ってすることとして、まず事務手続きをお願いします。知都世ちゃんは悪いけど資料整理よろしくー」
「分かりました」
藍風さんはそういって奥の扉の方へ消えていった。
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事務手続きは滞りなく進んだ。みーぽんさんはカンペを見ながらも丁寧に対応してくれた。
「上野さんが入ってくれておねーさんうれしいですよー」
「そういってもらえると嬉しいですね」
「いやー知都世ちゃんも喜んでいますよー」
藍風さんといえば、例の能力を聞いてみよう。
「そういえば藍風さんのあの能力は一体何なのでしょうか。この間は電気スタンドでぶん殴りましたよ」
「あー、あれですね」
みーぽんさんはどう説明したものか、と目をつぶってしばらく考えてから説明した。
「あれは、普通の霊能力者のやり方や理屈とはかけ離れています。例えるなら、ゲームのバグ技、デバッグ、裏技、乱数調整を現実でしているようなものでしょうかねー」
「ああ、ポ○モンなどが有名ですね」
「そう、最近はY○ut○beに色々投稿されていますし、ゲーム実況は有名ですねー。RTAはやりがいありますよー。他にも横スクや3Dホラゲ―、ス○ブラのが楽しいですよー。特にス○ブラは10年に一度の神ゲーで、自分も発売初日に全キャラVIP入り達成して―」
なるほど。わかったようなわからないような。
「それはともかく、知都世ちゃんの能力は協会内でもあまりにも異質です。普通の霊能力者からは疎まれていますし、上野さんが理解者となってくれて助かります」
「今日もですね、知都世ちゃんは気合を入れて―
続けて何か言おうとしたときに藍風さんが奥の扉から現れた。
「何言ってるんですか」
表情がないようで逆に怒っているように見える。
「おねーさんはまだ何も言ってないよー」
みーぽんさんは明後日を向いて答えた。
「そうですか。それはそうと資料整理一段落着きました」
「いつも悪いねー。冷蔵庫にプリンあるよー」
「いえ、仕事ですから」
どうやら機嫌はなおったようだ。
それから藍風さんとみーぽんさんが他愛もない会話をしている間、協会の資料を読み返していた。と言っても、みーぽんさんが話しているのに藍風さんがうなずいているだけにも見えるが。
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しばらくたって藍風さんは資料整理の続きに移った。みーぽんさんは食器を片付けてからこちらに話しかけてきた。
「それで、上野さんは怪奇を感じることができるんですよねー」
「そうですが、みなさんできるのではないですか」
「これが意外とできないものですよー。なんとなくは分かって、道具を使ってようやく感じる人がほどんどですね。五感でとらえられる人はほとんどいないですよ」
「そうなんですか。これが普通だと思っていました」
「まあ私たちが対応するようなものは見聞きできるものが大半ですけどねー。あ、もしよかったら連絡先交換しませんか?」
断る理由もなかったのでみーぽんさんと私は連絡先を交換してそれからとりとめもない会話をした。分かったことは、妖怪、幽霊、都市伝説など呼び方に違いがあっても怪奇として同質であること(といってもそれぞれの専門家もいるらしい)、協会の存在は一般にあまり知られていないし、ほとんどにはジョークと思われていること、にもかかわらず公的機関からの依頼はそれなりにあることなどだった。それと、みーぽんさんとは世代が近いのか話が妙にかみ合い日が暮れるころには昔からの知り合いのように感じるようになった。
「資料整理終わりました」
藍風さんが少し疲れたような表情で扉から出てきた。
「お疲れさまー。そろそろ帰る?知都世ちゃんは上野さんに送ってもらう?」
私も一人で歩かせるのは心配だ。
「送りますよ」
「ありがとうございます」
「頑張ってねー」
私たちは事務所から出て、それぞれ帰路についた。みーぽんさんは買い物をしてから帰ると言って早々にどこかへ行った。私と藍風さんはそのまま電車に乗って文松町へ帰った。藍風さんは疲れてしまったのか隣の席でうとうとしていた。その様子を見ていたらあっというまに文松駅まで着いた。駅に着いたところでちょうど起きたので自宅まで送った。それからスーパーで夕食を買って家に帰った。
みーぽんさんと話して昔のゲームが懐かしくなった。Y○ut○beでも見てビールでも飲もうか。適当に検索して上の方に出てきた動画を開いた。
『はーい、どうもーみーぽんですー。今日はポ○モン赤のRTAを実況しますー』
顔は映っていなかったが声とHNが今日会ったみーぽんさんだった。だから例えにやたらゲーム用語が出てきていたのか。再生回数は相当だった。知り合いが一方的に話している動画を見るのはあまり慣れなかったが、内容はなつかしさと面白さが重なり合ってハマってしまった。日曜日も動画を見ていたらいつの間にか夜になっていた。ダメな休日の過ごし方だったと少し反省した。