第37話 木製の窓(前編)
第37話 木製の窓(前編)
上に向かうらせん階段は下から見ると徐々に伸びていっている様子がうかがえた。ごみを突き当りにぶつけると予想通り消えてしまった。ふすまの奥に突き当りがあったよりも段々と速くなっているようだった。出口はないから上に行くが、閉じ込められてしまっていたらどうしようかと思う。藍風さんがいるから大丈夫だと思うが。
大して距離はないので藍風さんは受付?近くに待機して、私だけが先に進むことにした。再び縄を受付?の柱に結び腰に取り付ける。杖を取り出して進行方向の先をつつきながら歩く。そうすれば杖の様子を見ることで異変に気づくことができる。そうはいっても歩く方が速いので途中で階段に座り突き当りが先に行くのを待っていたりした。放り投げたごみは新しく現れた場所に落ちていた。それでも一度飲み込まれたものが無事なのかわからない。ごみは見た目も何も変わっていないし、触っても何もないが壁の先にくぐっていく気はしない。
突き当りが進んで行く。階段が伸びていくのに合わせて天井も高くなっている。大体4階分くらい上ったころだろうか。だんだん足の疲れが出てきて、一度戻ろうかと思った時に天井と階段の間に隙間ができ始めた。上の階とでもいうだろうか。
「藍風さん、階段が途切れて新しい部屋が出てきました」
何かあった時は伝えてほしいと言われていたので大声で下に向かって叫ぶ。それから縄を何度か引っ張って声が聞こえていなくても伝わるようにする。
「今行きます」
非常に小さいながらも、透き通った声が届いた。私の声は届いたようだ。
待っている間にも突き当りは伸びていく。その先にはまだ何もない。この先には何があるだろうか。
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藍風さんがようやく上り終わった時、部屋は伸びきったのか突き当りの動きは止まっていた。最奥には木製の格子がはめられていた。
「お待たせしました」
藍風さんが額の汗を袖口で拭いながら向こう側を見つめていた。それからもう一度ヘッドライトを装着した。
「藍風さん、早速で悪いですが向こう側を見て何か感じますか」
私には何も見えない。
「うーん…。上野さんに見えないなら私にも見えないです」
藍風さんは当たり前のように言いながら向こう側に目を向けていた。頭を少し動かすとヘッドライトの明かりが大きく動いた。
「ああ、そうですね。私は物理的な視力も怪奇もよく見えるそうです。ただ、気配というか、オーラというか、そういったものは見えてこないんです」
「そうですか。見えるものの種類が違うんですね。今はそういうものは見えてこないです」
「それならもう少し先に行ってみます」
何も感じないなら大丈夫だろう。縄の長さはまだ足りている。藍風さんに後ろを見てもらいながら引き続き杖を先に出してゆっくりと進んていく。天井の高さは一定で、壁板も床に平行に並べられている。格子が見えてくる。しかし―
(先がある)
近づいて斜めから見るとさらに右折した道があった。下の階で見たときは先があることが分かったのに今回は障害物のせいで見えなかった。力を入れれば壊せそうだ。ごみを向こう側に投げて消えないことを確認する。助走をつけて格子に飛び蹴りを決める。
バキ、
あっけなく壊すことができた。正確には枠ごと格子が抜けたと言った方がいい。それを脇に避けさせてからさらに先に進んでいく。右折した先には窓があった。驚くことに外の様子が見えた。暗いが遠くに街の明かりが見える。相当時間がたっている様だ。動かないと思って外していた腕時計を荷物から取り出す。きちんと動いている。もう19時だ。突き当りがなくなっている。どうしようか。ここから飛び降りたら急に空に現れるのだろうか。それとももう空中に浮いているように見えるのだろうか。窓は簡単に開きそうだ。試してみようか。
ぐい、と腰が引っ張られる。不意に意識が戻る。一体何を考えていたのか。藍風さんが腰につけた縄を引っ張ってくれた。ここから離れようと踵を返してもと来た道を引き返す。藍風さんがいなかったらどうなっていたか。腰の縄があるから落ちることはなかったかもしれないが、宙づりになっただろう。
(おかしい…)
曲がり角を曲がるとなぜか格子が戻っていた。縄が穴の一つを貫通している。先ほど外した格子の姿は見えない。向こう側に藍風さんが心配した様子でこちらを見ているのが見えた。
(むしろ、こちらに近づいていないか)
いずれにしてもここを抜けないといけない。私は再び助走をつけて飛び蹴りをかますが外れなかった。枠の受けが向こう側にあるのだろうか。先ほど外した時にはなかったが。荷物から急いで携帯鋸を取り出し、縄を切らないようにしながら刃を入れて切っていった。
少し時間がかかったが格子を2本切ることができたため、そこ目掛けて飛び蹴りを再び行った。幸い、何とか格子を破壊することができた。足の裏にしびれが走るがすぐに藍風さんのもとに向かった。藍風さんに特に異常はなさそうだ。
「上野さん!大丈夫ですか!何かありましたか!」
らせん階段にたどり着くと藍風さんの声が聞こえた。そういえば先ほどまで藍風さんの声は聞こえていなかった。
「藍風さん。私は大丈夫ですよ。藍風さんは大丈夫ですか」
「私は大丈夫です。上野さんが向こうに行ってしばらくしたら格子がいつの間にか戻っていたんです。それから何度か呼びかけても聞こえていないみたいでした」
それで道理で静かだったのか。
「それから急に嫌な気がしたので縄を引っ張ったんです。戻ってきて本当に良かったです」
「ありがとうございます。縄を引っ張ってくれなければ危ない所でした」
それから藍風さんに先ほどの窓と、その時に起こったことを説明した。
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「上野さんが札を持っていても魅入られた訳ですから、ここに入った大村さんはもしかしたら同じように向かっていって窓から落ちたのかもしれません」
「確かにその可能性はあります。あの枠は成人男性なら外して先に進めます。だから近づこうと思えば近づけるでしょう」
思えばこの建物に大村さんは魅入られていたと藤川さんは言っていた。この建物の本質はあの窓なのかもしれない。ただ外から見たときは見えなかったが。
「これからどうしましょうか」
「大村さんがいなかったですし、ここにいても良いことはないでしょうから一度引き返しませんか」
藍風さんはかなり疲れているだろう。一度戻って体制を立て直した方が良い。怪奇の対処は素人だが、引き際はわかる。いつの間にか格子は戻っていた。疲れた体を動かして再び受付?のある所まで戻った。それから周囲に気を付けつつ休憩し夕食をとった。携帯食料と水だがそれでも体を少し休めることがでた。これで脱出の可能性を探ることができる。