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第36話 茶色い建物(後編)

第36話 茶色い建物(後編)


 らせん階段を降りて行っても景色は変わらない。時折縄を手すりからずらす。そうしないと渦巻き状になって長さが足りなくなる。そのときに手すりの外側に縄が当たって、筒状になっているこの空間に音が響き渡る。


 「何もないですね」

 私は藍風さんに言った。反応次第で休憩するか、引き返すかを提案しようと思った。


 「そうですね」

 額の汗をハンカチで拭いながら藍風さんは答えた。呼吸が少し荒い。


 「藍風さん、少し休みますか。丁度中間位です」


 「あ、大丈夫です。下まで行きましょう」

 本人がそういっているならそうだろう。ただ、帰りや逃げるときの体力は残して

おいた方がいい。荷物のほとんどは私が持っているが、無理はしないでほしい。


 また階段を回っていく。全てが木で作られている様だ。ニスなのか表面には艶があり、埃も積もっていない。旅館なら相当手入れされていると思うところだが、ここは怪奇の中だ。何が起こるかはわからない。


 5階分くらい下りた辺りで、今までの色調の中に形の異なる黒いものがあった。ポロライドカメラだ。失踪した大村昇さんのものだろう。


 「これ、カメラですか」

 藍風さん世代だとカメラ=デジカメなんだろう。フィルムなんかは見たことなさそうだ。私も心霊写真といえば現像するカメラというのを忘れかけていたくらいだからこれも時代なのだろう。


 「そうです。シャッターを押すとここから撮った写真が出てきます」


 「これは大村さんのものだと思いますが、これをもうここで使っても写らなそうです」

 藍風さんはカメラを興味深そうに角度を変えて見ながら言った。藍風さんがそういうならそうだろう。


 「これがあるならやはり大村さんはここに来ていたのでしょう。下にいるかもしれません。急いでいきましょう」

 私はそれを預かって荷物に入れた。そうして下に向かった。



 少し進むと階段の終わりが見えてきた。ここの床も他と同じ木でできていた。見える範囲には人影がなかった。


 「階段の裏にいるのかもしれません」

 先に着いた私は、少し後ろを歩いている藍風さんに言うとそちらに向かった。そこにはふすまが隙間なく埋まっていた。その下には何かの種が落ちていた。


 「上野さん、誰かいましたか」

 遅れてきた藍風さんがこちらを覗く。


 「残念ですが、誰もいないです。代わりに何かの種がありますが」


 「うーん…。ここを開けますか」

 そういうと藍風さんは躊躇なくふすまを開けた。私にはできないが、藍風さんには勘というか気配で安全かそうでないかがわかるのだろう。


 その先は同じ材質の木でできていた廊下が続いていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 「先に進むには縄の長さが足りなさそうですね。どうしますか」

 中を覗いた。突き当りで左に曲がっているらしく、最奥はわからない。縄のスペアを持って来ればよかった。


 「うーん。奥まで行きたいのですが戻るのも大変です。仕方ないですが一度戻りますか」


 「私だけ戻りましょうか。藍風さんは疲れているでしょうからここに残っていてください」

 そう言って上に戻ろうとすると後ろから声が聞こえた。


 「上野さん、ちょっと待ってください。ふすまの奥が戻ってきています」

 聞いただけでは藍風さんの言っていることがよく分からない。しかし見てみると確かにふすまの奥を見れば突き当りの曲がり角がなくなって、通路が僅かに短くなっている。


 「本当ですね。これ、ここにいたらまずいですか」


 「かもしれません。間に合わなくなる前に上に戻りましょう」


 「藍風さんは先に上がっていてください。私はもう少し様子を見てみます。少しでも危なそうならすぐに戻りますから追いつきますよ」

 大村さんを見つける必要もあるし、状況をもう少し見ておきたい。


 「すみませんが、それならお願いします。私はあまり体力がないので」

 藍風さんはすぐに階段を上り始めた。階段を上る音が聞こえる。木のきしむ音はしない。


 突き当りまではわずかに短くなっていく。本当にわずかにだから曲がり角がなかったら気づかなかったかもしれない。この茶色い建物が何なのかは考えてもわからないが、カメラがあったからには大村さんはここに来ていた。姿は見えない。このふすまの先に行っていなくなったのか。カメラを落として別のところに行ったのか。家に戻ってきてはいないし、この建物の中に他に行けそうなところはない。ふすまの存在もよくわからない。ふと思いついて荷物に入っていたゴミを丸めてふすまの奥に放り投げてみた。それは突き当りの壁に当たって消えた。再び他のものを放り投げたが同じ結果になった。


 (もしかしたら…)

 悪い予感がする。突き当りはどんどん近づいて来る。突き当りに当たったものは消える。早く戻ったほうがいい。


 私は藍風さんを追って上に戻っていった。今の速度なら追いつかれることはなさそうだが、一定速度とは限らない。縄が足りなかったのは幸いだった。見えても正体がわからないからもっと慎重になるべきだ。藍風さんは半分ほど上った所にいた。


 「藍風さん」

 荷物を背負った小さな背中が見えて声をかけた。無事のようだ。


 「上野さん、よかったです。何かわかりましたか」

 藍風さんはほっとした顔でこちらを見た。


 「そうだ、藍風さん、どうやら突き当りに触れたものは消えるようです。そこまで速くないですが急いだほうが良いです。それから大村さんはやはりいませんでした」

 私は歩みを止めずに進みつつ伝えた。


 「そうですか。それならもう少し急ぎますか」

 藍風さんはそこそこしんどそうにしていた。荷物を持ってあげたいのは山々なのだが、はぐれたときに水や食べ物がなかったら困る。



 その後何も起こることはなく、無事にらせん階段を上りきった。らせん階段の下を覗くと残り2階分位は余裕があるが、それでも突き当りはこちらに進んでいた。急いで縄を回収し、初めに上って来た階段に戻ろうとした。


 「上野さん、階段がないです」

 先に探していた藍風さんが残念そうな顔でこちらに寄ってきた。


 「本当ですか。どうしましょう」

 手近の壁を蹴り飛ばそうとも思ったが、それで壊せるとは思わないしどういう反応が返ってくるのか分からない。


 慌ててらせん階段を覗きに行く。どんどん上がっていったら今いる受付?も飲み込まれていくのだろうか。藍風さんだけでも逃がさなければ。そう思い向かっていくとらせん階段がなくなっていることに気づいた。間に合わないのか。いや、よく見るとらせん階段は上に伸びて行っていた。


 「飲み込まれることはひとまずなさそうですね」

 隣に来た藍風さんにそういうとほっと胸をなでおろした。


 「そうですね。ただ、出口はないですから上に向かって見ますか」


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