第35話 茶色い建物(中編)
第35話 茶色い建物(中編)
そろそろ高速道路を降りるというところで、藍風さんがふと口を開いた。
「上野さん、今回の依頼ですが、写真の通り建物があると思いますか」
「そうですね。多分建物に魅入られて廃屋に行ってしまった。流石にそう考えているなら探しには行ったのでしょう。それでも見つからなかったのだから、普通の人に見えないだけでそこにあって入ってしまったと考えています。藍風さんはどう思いますか」
メールで話が来た時に聞いておけばよかったと思った。
「私もそう思います。藤川さんが写真を見ても何ともないということは、写真の中のを見るのではなくて、近くに行ったことが引き寄せられる原因になったのかもしれません。そうでもないかもしれません。だから写真と一緒にカメラも探して持ってきてもらうように頼んであります」
「その写真は心霊写真になるのでしょうか」
「何が心霊写真なのかはよく分からないですが、建物は霊でないと思います」
藍風さんは普段の調子で答えた。それはそうだ。少し気恥ずかしくなり、話を変えようとした。
「そういえば、藍風さんは情報量が多ければ多いほどわかるような感じがするのでしょうか」
「うーん…。分かるときも分からないときもあります。少し話を聞いただけで分かるときも、色々調べて分かるときも、見るまで分からないときもあります。その都度変わることもあります。自分でもさっぱり分からないです」
藍風さんは少し困ったような表情で答えた。やっぱりよくわからない。
ちょうど高速道路を降りることになったので、会話はそこで終わった。下道を走り、目についた定食屋に入り昼食を食べた。私は生姜焼き定食、藍風さんも同じものを食べた。
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藤川さんの自宅に着き、インターフォンを押すと少しやつれた様子の彼女が出てきた。彼のことが心配なのだろうと思った。今風の女子大生の部屋というようなレイアウトで、彼女を含めた3人組の写真が数枚飾ってあった。そのうちの1人がその消えた男だろう。話を一通り聞いてから件の写真を見た。カメラは探しても見つからなかったそうだった。
「これが例の写真です」
藤川さんは触るのも嫌なのだろう、封筒に入れたままその写真をこちらに渡した。
「拝見しますね」
私がそれを受け取り、中の写真を取り出した。確かに、廃屋がメインになって映っているが、その背後に茶色く細長い建物があった。窓や入り口は画に入っていなかったが、塔というより建物のように見えるのは多分配管がその壁に沿って取り付けられているからだろう。しかし、集中しても何も見えなかった。
「ちょっと見せてください」
藍風さんはこちらに顔を近づけて写真を見た。ふわりとシャンプーの匂いが香る。小さい肩が腕に触れる。
「何かわかりますか。私は見えないですが」
「私もわからないです。これはただの写真だと思います」
少しの間写真を見つめていた藍風さんはこちらに向き直ってそう答えた。
私達のやり取りを聞いて藤川さんは不思議そうな顔をした。
「ただの、写真なんですか?」
「そうだと思います。だからカメラが何かあるのか、その場所に何かあるのか、とにかく現場を見てみます」
「昇は無事なんですか?どこにいるかわかりますか?」
悲痛な様子で藤川さんはこちらに問うてくる。
「多分、この建物にいるでしょう。無事かは判断できかねますが、できるだけ努力します」
私は冷静に答えた。怪奇にかかわったらどうなっているか分からない。そもそも食べ物や水のことを考えただけでも怪しいと思う。
それから何度もお願いします、と頼んでくる藤川さんを落ち着かせて、私と藍風さんは廃屋に向かった。
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廃屋は一目で分かるような廃れ具合で、門は既にさびて壊れており、その下にはごみが散乱していた。車を近くの広い所に停めてその門に近づいた。霊感がなくても、昼間でも、不気味な見た目をしていた。事前に地主に許可はとってあったので敷地内に入った。庭は荒れ放題で建物の入り口は扉が壊されていた。しかし幽霊らしいものは特にいなかった。怪奇は他より若干多いように思っただったが。
「写真のアングル的にここから入ったところではなさそうですね」
私は写真と見比べながらそう言った。
「そうですね。裏手に回りましょう」
藍風さんと私は建物に沿って移動した。荒れた草丈の高い部分を避けながら進むと反対側に到着することができた。この道があるということは誰かが既に少し前にここを通っていたようだ。そうして確かに茶色い建物は向こう側に存在した。こちら側には見えていない。
「確かに茶色い建物ですね」
藍風さんがもっともな感想を言う。
建物に慎重に近づく。4~5階建てくらいの高さだ。近くで見るとその壁は古く、爪を立てたらこぼれそうに見えた。周囲を一周する。エアコンの室外機や窓らしいものはなかった。しかし、1つだけ私の腰ぐらいの高さまでの扉があった。
「どうしますか。入りますか」
一通り回って何もないことを確認した私は藍風さんに尋ねた。
「はい。身の危険を感じたらすぐ引き返しましょう」
扉をゆっくりと開ける。階段だけが見える。大きめの石をつっかえにして扉を開けっ放しにして階段をそっと上っていった。中に入るとすぐに天井が私の背丈を超えた。そこまでぼろぼろではなく、壁や床の木に艶があった。階段はすぐに上りきる事ができた。階上には受付らしいものがあったが何もいなかった。
「何もいませんね」
階段を遅れて上った藍風さんが辺りの様子を見て言った。
「そうですね。向こうに階段があります。下りですが」
不思議なことに受付を挟んで反対側には下へ向かうらせん階段があった。建物の高さからして上に向かうものと思っていたがそういったものはない。むしろそれ以外はなかった。その先に進むことに決めたため、受付の柱にしっかりと縄をかける。途中で崩れるかもしれないし、戻ってこれないかもしれない。
「これ、いつまでも下が見えないですね」
らせん階段の下を覗いた藍風さんがそう言った。縄を縛り終わり私も覗くと確かにそのようだ。私は視力が異常に良くなったので底を見ることはできた。普通の視力でこの暗さなら見えないだろう。
「底は見えましたが、これ、深いですよ。大体地下6階分くらいですか」
「流石です。縄の届くところまで行ってみますか」
藍風さんは流石に暗すぎたのかヘッドライトを取り出すとスイッチを入れた。それから縄を腰につけたカラビナに取り付けた。。今までどういうように仕事をしていたのだろうかと気になる。体力はあまりなさそうな割にはやっている(やっていた)ことは本格的だ。
私と藍風さんは二人で階段を下っていった。私が先を進み、藍風さんはその後ろを歩いた。重い方が先に行った方が安全だろう。らせん階段も木製で、他と同じ質だ。くるくると回っていく…。