第33話 協会員その3(後編)
第33話 協会員その3(後編)
マウンティングがうっとおしい。別に人がいないときに机の上に物を置いて使ってもらっても全然いい。で、人が戻ってきたら一言言ってどかせば、誰も何も困らない。「使ってました、今どかしますね」「いいですよ」のような普通の会話ができないのか。社交辞令でもさ。戻ってきても平然と自分仕事していますと言いたげな顔をしてそのままにしておく。むしろ自分の姿を見てからこっちに余計に物を置く。何がしたいんだ、本当に。こういうのが何故か私が悪いことをしたからってことになる。相手にしない。無。考える時間が無駄だ。覚えておけよ。面倒だからノートPC持って別の部屋に行って仕事した。
ツァップさんは日用品や服を買いそろえて落ち着いたらしい。着の身着のままで出てきたのだろうか。みーさんは面倒見が良いらしく、世話を焼いていた。しばらくホテルに泊まるそうだがお金持ちの家庭なのか、何か稼いだのか。そんなツァップさんは日本に来ても(まだできることがなくて)暇らしく、折角だから練習を見に来てほしいとの連絡があった。私もSMSで多少質問に答えたからだろうか。嬉しい誘いなのでOKの旨を伝えた。
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翌日、仕事を終えてからG駅に向かいそこから近くの貸事務所に行った。支部の事務所で練習を行わないのは万が一を考えてらしかった。偶々空室の場所があったのでそこを借りたらしい。よく貸してくれたものだと思う。
貸事務所は電気が通っていないようで、建物の中は暗かった。指定された部屋の窓からはわずかに明かりが漏れていた。もう来ているようだった。扉を開けて中に入るとみーさんとツァップさんがいた。
「こんばんは」
「お疲れー」
「Hi!」
室内には石油ストーブで暖が取られており、みーさんはいつものジャージ、ツァップさんは修道服を着ていた。洋画の中の登場人物の様でとても似合っていた。モデルほどではないと思うが無駄な肉のついていない、すっとしたシルエットが服のラインから見て取れた。部屋の端にはプラスチックの小さな机があって、その上にランタンを置いて光源にしているようだった。部屋の中央には机とペアの椅子が置いてあって、その上にクマのぬいぐるみが置いてあった。そのぬいぐるみに張り付くように不定形の怪奇が見えた。もやというよりも半固形の流体のようなものだ。
「上野さん、あれ見えていますよねー」
「はい。あれは何なのでしょうか」
「あれは人形にとりついている霊ですねー。たいしたものではないんだけど、支部に置いてあったから練習ついでに払ってもらおうかなーって」
だからこのビル自体に妙に怪奇が多いのだろうか。ツァップさんが瞳を閉じて集中しているのが目の端に見えた。
「もう少しあのままだと思うから待ってますか」
さっきからずっとああだったのだろう。
「そうですね」
ぬいぐるみに張り付いているものは一定の範囲で形を変えていた。
十数分ほど経ってから不意にツァップさんが動き始めた。私達に器に入った聖水を棒のようなもので汲んでからかけて、司祭が首にかけている帯をポケットから取り出し、その一端をぬいぐるみにかけた。
「~~~~~」
ツァップさんは美しい旋律のような声で儀式を始めた。多分聖書の一部を読んでいるのだと思う。ドイツ語なので何を言っているのかはほぼ分からなかった。
それからぬいぐるみの頭に右手を置いて、再び何かを読みはじめた。ランタンの明かりが作り出す陰影が映るその姿とその声が神秘性を感じさせた。朗読し、十字を切りを繰り返していた。何を言っているのかは分からなかったが、しかし、これが神聖と言うものか。ともすると周りにキラキラとしたエフェクトがかかっているように見えて来さえした。そのリズムに沿うように怪奇は形を変えていった。身もだえているようにみえた。
パシン…
破裂音が聞こえた。それに同時に怪奇は消えた。芸術的な一連の動作がやんだ。
「お疲れさま」
みーさんが英語で言うと、ツァップさんは物を片付け始めた。
「みーさん、日本でもできそう。セッティングしてくれてありがとうございます」
「いいよ、いつか消すものだったから」
「ツァップさん、見せてくれてありがとうございます」
私が例を言うと、疲れた様子のツァップさんは髪を耳にかけてニッコリと笑った。
「いいですよ。助けてくれましたから」
それからツァップさんが着替えるということでいったん私は外に出て廊下で待った。衣擦れの音がわずかに聞こえてくる。耳が良くなったことが良かったのかそうでなかったのか。高校1年生の年齢で背丈はそんなに高くないのに、薄暗がりの中で洗練された舞台を覗いていたような感覚を覚えた後ではそう感じない物があった。
「着替え終わったよー」
わずかに開いた扉からみーさんが顔を覗かせた。荷物を運ぶ必要があるので再び中に入った(ということはわざわざ石油ストーブなどを持ち込んだということだろう)。みーさんもツァップさんもコートを着ていた。私達は荷物を階段下まで降ろし、1階に置いてあった台車に乗せて協会支部まで運んでいった。通行人からは何かの業者に見えただろうか。そうでも華やかすぎたはずだ。
支部の事務所に荷物を置いて、一服した。事務所の中は暖房がついていてみーさんはコートを脱ぐと早速お茶を汲んで飲み始めた。ジャージ姿にお茶が似合う。私もお茶を飲んでいると、ぬいぐるみをどこかに片付けていたツァップさんが戻ってきてコートを脱いだ。
中は、小学生が来ているような服だった。大きな星ともう一つ星がプリントされている上着、二重の短いスカート、黒と紫のハイソックスの上にはもこもこしたものが着いている。本人はニコニコしながらお茶を飲んでいる。
「ケイテのファッションは一周回ってありだと思わない?」
そう聞かれても女子のファッションは分からない。ロリータファッションではなくて、なんというのか。ただ、この年でこの格好は…
「あはは…。一周回ってですか…」
「ケイテが着ていると逆にありにみえてくるのが不思議だよねー」
まあ、確かにありなのかもしれないのだろうか。
ケイテ、と聞こえて自分のことを話しているとわかったツァップさんはみーさんと話し始めた。私は翌日の仕事があるため、名残惜しかったが席を離れることにした。G駅から自宅に帰る途中に考えた。ああいうのが、本物の退魔法だ。非公認だけれども。そしてあの神聖な空気があの服装で吹っ飛んでいってしまった。そういえばプ○キュアが好きと言っていたのを思い出した。




