第32話 協会員その3(前編)
第32話 協会員その3
本物の、皆が想像するような霊能力者達に会ってからモチベーションが上がっている。ああいう技や知識を得ることで今後こちらの仕事を中心に生計を立てることができるようになりたいものだ。試しにそれらしい本を図書館で借りて読んでみたが一般書でもさっぱり分からない。理系だったので歴史や地理のバックグラウンドがない。中学校の時の知識はもう薄い。退魔法を真似てみようと試しに九字を切ってみたが特に何も起こらない。それでは、と少し気合を入れたら倒れそうになって、その日は殆ど動けず、翌日もだるかった。それなのに的にした小さい丸いモノに何も変化がなかった。朝試さないでよかった。修行と背景の理解が必要なのだろう。すぐにできるとは思ってはいなかったが、ここまで苦戦するとは思わなかった。身を守る術だけでも早くできるようになっておきたい。
職場ではまたどうでもいいことをされる。備品の白い棚を購入しようとしたら、黒がいいとだだをこねる。どっちでもいいだろ。どうでもいいからわざわざキャンセルして黒にしたが、私が黒と言ったら白と言ったに違いない。何のたちが悪いかと言うと上司も周りもこちらが悪いという面をしてくる。気が狂っている。話の中身でなくて誰が言うかが大事という考えも理解できなくもないが、ここまで徹底するか。相手にしない。無。考えない。でも忘れない。
先日みーさんがまた連絡をくれた。ありがたいことにまた協会員を紹介してくれるそうだ。非公認エクソシストの女性だそうだ。エクソシストは許可を得た司祭のみがなることができて司祭は男性しかなれないから非公認という肩書なのだろう。だから多分協会に所属していて仕事を得ているのだろう。日本にもエクソシストがいるとは思わなかった(非公認だけれども)。そんなわけで仕事終わりにG駅に向かい、そこから協会支部に向かった。
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G駅に着いた頃にはもう外が暗くなっていた。町は明かりにあふれていたが寒さが勝り自然と足が速くなった。既に飲んでいるサラリーマンの姿がちらほらと見えた。そんな羨ましい姿を横目にしながら協会支部にたどり着き、扉をノックして開けた。
「こんばんは」
「こんばんはー。まあかけてかけてー。実はまだ来ていないんだよねー。ちょっと待ってて下さい」
みーさんは相変わらずの口調でこちらをちらりと見るとSw○tchの方に顔を戻した。私は熱いお茶を貰ってのんびりと飲みながらその彼女を待っていた。部屋に暖房が効いていたとはいえ体が冷えていたから体に沁みた。次からもう少し厚手の格好をしようと思った。
少しの間スマホを操作しながら時間をつぶした。お茶がなくなるころ扉からノック音が響いた。
「どうぞー」
「Hello. Is Mi-san here?」
英語だった。入ってきたのは大きなトランクを引きずった金髪蒼眼の女の子だった。(もう面倒なので日本語に訳して書く)
「待っていました」
みーさんは流暢な、しかし無駄に日本人が気取ったようなものとは違う英語で相手を迎え入れた。
「みーさん、会えてうれしいです。改めて、ケイテ・ツァップです」
「ケイテ、遠かったでしょう。荷物を置いてソファに座って」
英語で会話が飛び交う。何とかわかるが、予想外のことで考えが追い付かない。ツァップさんは言われた通りにしてソファに座ると、いつの間にかゲームを終えたみーさんがお茶を出した。ツァップさんは事前に話を聞いていたのか聞いていなかったのかたまにこちらをチラチラと見ていた。
「ケイテ、こちらは上野良冬さんです。同じ協会員です。上野さん、彼女はケイテ・ツァップと言います。非公認ですがエクソシストのようなことができます」
「ツァップさん、上野です。よろしくお願いします」
「上野さん、ケイテです。よろしく」
ツァップさんと握手してから再び席に着いた。外を歩いて来たからだろう、手は少し冷たかった。
「ケイテはドイツから今日日本に来たんだよね。泊まるところはあるの?」
今の聞き方だと当てもなく来たように聞こえる。
「はい。ホテルを取ってあります。しばらくそこに泊まるつもりです」
ツァップさんはニコニコしながらお茶を飲み、途端に苦そうな顔をしつつもやはり寒いのかちびちびと飲んでいた。みーさんは「ちょっと待ってて」と言うと奥の方に何かを取りに行った。沈黙に耐えかねて雑談を振ることにした。
「ツァップさんは日本語は何か話せますか」
「実は全然話せません。でも、コンニチハ、アリガトウはわかりますよ」
大丈夫なのかな。日本は意外と英語が通じないから。
「誰か日本でアシストしてくれる人はいますか?みーさんですか?」
「私、いきなり来たから特に知り合いはいないです。しばらく戻るつもりはないですよ。みーさんとはネット上で知り合って協会を紹介してもらったんです」
スケールの大きい家出だ。大胆だ。
「何かあったら聞いてくださいね。それからご家族は知っているんですか」
「ありがとう。両親には手紙を残して来ましたよ。それにメールをすれば解決です」
「お待たせ。英語版は普段使わないからさ」
みーさんが書類を持って戻ってきた。
「ケイテ、一息ついたらこれ書いて」
ツァップさんが書類を書いている間、私は気になったことをみーさんに聞いてみた。(Japanese, sorry.と断ってから)
「みーさん、ツァップさんはドイツから急に来たのでしょうか。そんな風に聞こえるんですけど」
「そーですよー。ケイテはドイツから来たんだけど、特にその先が決まっていないんだよねー。協会があってよかったよねー」
「元々知り合いだったんですか」
「ほら、おねーさんのチャンネルにコメントくれてそれからSNSで何度か話してさ、そういう話になったからここを紹介したんだー」
「どうして日本に来たのでしょうか。エクソシストの分野は日本は進んでいないように思うんですが」
「うーん。正式なのにはどちらにしてもなれないからかなー」
「ケイテ、どうして日本に来たんだっけ」
みーさんは英語に切り替えて言った。
「日本はいい国です。私のような人を受け入れてくれます。それにプ○キュアがあります」
ツァップさんはプ○キュアについて興奮して話していた。途中ドイツ語になっていた。日本に来たのは後者の理由がメインなような気がした。
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それから一通りの自己紹介を再び行い(何と日本でいう高校1年生だった)、ツァップさんと連絡先を交換し、家に帰った。途中の飲み屋からの誘惑が非常に強く、家で日本酒を1杯だけ飲んだ。翌日が休日ならもっと飲めたのに。結局彼女は協会員として紹介されたというより、協会員になる人として紹介されたのだ。それに、日本人だと勝手に思っていた。エクソシストの日本人はいるのだろうか。時間の都合でツァップさんがどういうことができるのかは分からなかったが、いずれ聞いてみようと思う。その前に映画でも見ておこうか。