第30話 協会員その2(前編)
第30話 協会員その2(前編)
この間陰陽道の弦間さんから怪奇の対処法を見せてもらったが、ああいうのができるようになるには言っていたように修業が必要なのだろう。だからといってすぐ陰陽道に入るつもりはない。他のやり方も見て、自分に合ったものだけを使っていけばよいと思う。結局、対処の仕方にそれぞれのやり方があっても結論は同じで、手段の特徴があるだけだと思う。アリを殺すのに「物理」にこだわって、足で潰す、ハサミで切るというやり方もあれば、「熱」にこだわって、火に投げる、虫眼鏡で焼くというやり方もあれば、「化学」にこだわって酸で溶かす、毒殺するというやり方もある。でも、結局、循環器、呼吸器、脳のどれかを機能停止させているわけだから本質は同じだと思う。藍風さんのやり方はそれと違って、アリの近くの石に落書きしたらアリが死ぬ、のような全く意味の分からない物だと思う。誰かに話したこともないし、妄想だけれども。
職場ではまたしょうもないことを言われた。ついに上司から「誰かは言えないが、パワハラされていると一年以上言われている」と言われた。それも「最初はそういう噂が立っている」だったのが、「誰かは言えないが~」になり、話も言うたびに二、三転する。世話になった上司がいなくなってから攻撃が本格化してきたのか。その誰かがお気に入りだからなのか。傍観者だと思っていたのがずっとそういうことをしてきたのか。自分を改善するのに誰が言っていたのか教えてほしい、具体的に何が気になったのか教えてほしいと言ったが誰かのプライバシーが~で話が終わった。決してそんなことはしていないし、こういう時に中途だと同期がいないので辛い。
そんなことも気にならないくらいよいことがあった。弦間さんが、別の霊能力者を紹介してくれるというのだ。名前を嶽深さんという。彼は修験者で、弦間さんの話を聞いて会ってみたいということになったそうだ。修験者は山岳信仰に仏教、神教、道教、陰陽道などが習合してできた修験道を信仰している者で、心身ともに鍛錬を修行によって行っているらしい。そんな嶽さんと予定を調整して早速彼のところへ伺うことにした。そのおかげで乗り切れた。
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土曜日にこれもまた朝早く家を出て、L県に向かった。新幹線に乗って途中の駅で乗り換え、田舎の某駅に着いたのは昼過ぎのことだった。ワンマン電車で無人駅に降りるとほかの乗客は誰ももういなかった。改札を出ると大柄のがたいの良い中年男性がいた。文字ベースでしかコミュニケーションをとっていなかったが、嶽さんだろうと思った。なぜなら手にしていた虫かごに小さな怪奇を入れていたからだ。それをこちらに見せるように持っていた。わざわざそんなことを普通の人がするとは思えなかった。
「こんばんは、嶽さんですか」
「そうだ。俺は嶽だ。上野か、よく来た」
そういって嶽さんは虫かごの中の怪奇を外に出した。害のないもののようだ。
「よろしくお願いします」
「ああ。もう日も暮れる。早く行こう」
私達は近くの山道から山に入り、途中でけもの道に入って奥に進んで行った。暗くなり始めたころ、ベースに着いた。そこには結界らしいものが張ってあった。
「お前のテントと寝袋は用意してある。そこに荷物を入れてから夕食の準備だ」
言われた通り、荷物を置いてから、中にある夕飯の材料を取り出し持って出た。それから一緒に夕飯を作った。キャンプの経験はそこそこあるので、特に不都合はしなかったが、嶽さんの手さばきにはかなわなかった。生ものを見せると喜ばれた。ここ2,3日保存食中心で生活していたらしい。
嶽さんは今定期的に追っている怪奇があり、それの調査のため入山していたらしい。と言ってもスマホは持っているし、充電はバッテリーと合わせて数日おきにしているから外と連絡は常に取れていた。そこで弦間さんから連絡があり、幸運にもタイミングよく合うことができたのだった。
「嶽さん、わざわざここに泊まる理由はあったりするのですか」
先の連絡で聞いていなかったことを尋ねてみた。
「そうだ。ここにいた方が夜のうちの調査もできるからな。夜の方が出やすいモノもある。今回はもうめどが立ったからしないが」
「そうですか」
確かに言われると昼と夜で見える怪奇が違うかもしれない。あまり意識したことはないが今度確かめようと思った。
「そうだ。俺も聞きたいのだが、上野はどのくらい怪奇がわかる?聞いた話だと細かいモノも見えるそうだが」
「通常見えるサイズなら、大体見えます。あとは音も聞こえる範囲ならですね」
「五感で感じられるという話だったな。ただ、上野は勘や嫌な気と言うのを察するのはできていないな。さっきから嫌な視線を感じる」
そういわれて辺り見渡してもわからない。暗闇は問題ないのにだ。
「こう暗くてはもしいたとしても見えないさ。俺の言うのは気配、だ。出そうな感覚だ。こっちを伺っているようなものだ」
「それは分からないですね」
お手上げだ。
「いずれ分かるようになるかもしれない。ともかくここには入ってこれないから明日の朝に片付けることにしよう」
夕食が作り終わったのをきっかけに話を切り上げて、嶽さんは配膳をすると魚を食べ始めた。私も続いて食べ始めたが、たき火を見ながら食べる夕飯はとてもおいしかった。
食事を終えて翌日の確認をしてから早めに就寝することになった。朝早く起きて登山したせいでなれない場所で、何かに見られている(らしい)山の中でもあっという間に眠りについた。