第288話 ピンクの絆(後編)
第288話 ピンクの絆(後編)
藍風さんに言われて猫の行った方を見ると、猫は通りの中腹辺りまで進んでいた。集中してその姿を確認したが、ごく普通の、毛艶の良い猫だ。猫又のなりかけでもないようで、気の向くままといった感じで歩いている。
「あの猫、怪奇ではないようですが…、それでもピンク色の物を身に着けて条件を満たしていれば、占い師が出てくる、ということでしょうか」
現状をまとめながらも視線は猫とその進行方向からそらさない。
「気配からしてそうだと思います」
藍風さんの声が思ったよりも近くから聞こえる。
「追います」
噂通りならば、占い師は今まで出会った人物(猫の場合は今まで出会った猫になるのだろうか)の中から最も相性の良いのを教えてくれるだけの怪奇だ。ただ、その後Fさんが行方をくらませたことから、その後に噂として伝わっていない何かがあるのかもしれない。知らない猫とはいえ怪我をしたら可哀想だ。
忍び足で後をつける。驚かせてまっすぐ逃げられたら大変だ。しかし無理に捕まえるくらいなら、いっそ驚かせて別の方向に走らせるのも…、ダメだ、流石に動物に野性味で勝つことはできない。わずかな空気の揺らぎ、地面の振動、におい、何がトリガーになったのか分からないが、逃げられた。まっすぐに。
「待って!」
藍風さんの声が後方から聞こえる。しかし猫に伝わることはない。
猫が走って、そして、W通りの出口をそのまま突っ切っていこうとしたときであった。突然その横に黒いマントで全身を覆った人大の怪奇が出現した。そして、なおも逃げようとする猫を通りの出入り口近くに作られた結界らしい空間に閉じ込めた。猫がカリカリと前脚でその不透明な壁を掻いている。
「手のひらを見せて。占ってあげる」
中性的な声がした。
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私は藍風さんがその結界の前に辿り着くまで待ってから、札を結界に貼った。多少の効果はあったようだがそこに穴が空くことはなかった。そもそも―。
「猫相手に言葉は通じませんよね」
ソレはだんだんと焦れてきたのだろうか、先ほどと同じ言葉を頻繁に繰り返しているが、猫は出ることができないと分かったのか、端に寄って丸まってしまった。
「…どうしますか」
「とりあえず、朝になればアレも消えるでしょうから、まずはよいでしょうが…。藍風さん、思いつきませんか」
ソレは猫を言葉であやして何とか肉球を見ようとしている。触れないようだ。
「うーん…」
藍風さんは小首をかしげると、結界をコン、コン、と叩いた。ソレの背中(?)がピクリと動くとこちらを向く。
「えっ何?」
「Fさんの居所を知りませんか」
藍風さんは試しにと言った感じでソレに声をかけた。その横で、死角になるようにして懐に手を入れる。何かあったときに、先手を取ることが肝心だ。
「F…F…ああ、知っているよ。教えてあげてもいいけどさ」
意外にも言葉は通じた。しかし怪奇相手に約束事となると、何をふっかけられるか分からない。心臓が大きく動き出す。
「この子に手のひらを見せるように言ってくれないかな」
「この子、とはこの猫のことでしょうか」
漠然とした表現で引っ掛けるのは、怪奇であろうがなかろうが詐欺師の手口だ。
「この全身黒い子だよ」
マントの隙間から鉛筆のような棒、恐らく指が現れると猫の方を指した。
「見せたら、その子はどうなりますか」
「どうって…。相手が分かるだけだよ。それだけ」
こういう時の真偽の判定は、迅速に、正確に行う必要がある。イレギュラーな霊能力者や専門分野で直感が働く人たちと比べると私は苦手である。一旦このままにして藍風さんに任せることももちろんできるが…。
「藍風さん」
私が声をかけると藍風さんはポケットから100円玉を2枚取り出して、地面に落とした。両方表になった。
「嘘は付いていないです」
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猫を捕まえて肉球をソレに見せた後、Fさんの行方を尋ねたところ、彼女はそこから自宅に帰る途中、近くの川に沈んだと教えられた。翌朝協会を通して警察に連絡すると、その通りに見つかった。事故か自殺かは分からない。よほど嫌な絆だったのだろうか。
ソレには言葉が通じたため、そこで占いをしないでほしいと交渉してみた。これが驚くほどスムーズに話が通った。どうやら、何かしらの形で人間(だけ?)に迷惑をかけるのは本意ではなかったらしい。次にどうするのか尋ねようとしたが、その前に一瞬で消えた。
後日協会が調べたところ、噂は変化して、「W通りで深夜、ピンクの首輪をつけた黒猫の後ろを付けていくと~」となっていた。あの猫は本当に普通の飼い猫なのに、何だか悪目立ちしたようで、同情する。




