第29話 協会員その1(後編)
第29話 協会員その1(後編)
朝早く起きて朝食を食べて、準備をしてから新幹線に乗りT県に向かった。途中で鈍行に乗り換えて某駅まで向かった。本物の霊能力が見られるということで早起きしても眠くなることはなかった。大体新幹線に乗っていると眠くなるのに意外だった。途中で早めの軽食を食べ、目的地に着いたのは昼過ぎだった。結構田舎の方に来たがそれでも住宅街が密集していはしていた。移動代は自腹だが、後で返ってくるだけのもうけが出るなら先行投資だ。
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駅に着くと外の駐車場で弦間さんが待っていた。改札を出てから急いで向かった。
「こんにちは。お待たせしました」
「ああ。まあ行こうか」
車に乗り込んでさらに郊外に向かった。段々と田んぼが増えていく。
「今日行くところは前々から行こうと思っていたところなんだ。あり大抵に言えば定期的に怪奇が湧くところなんだが。土地の中からは出ないんだが」
「その怪奇は幽霊や妖怪のようなものでしょうか」
「まあ、悪鬼とか邪鬼とか我々はそう呼んでいる。どう呼んでも本質は変わらないが。ところで、上野さんは普段は何をしているんですか」
「普段はサラリーマンで、休日に依頼を受けられたら受ける感じですね」
「そうか。私はこれ専門でやっていて、そういう仕事をしたことがないんだ。うらやましいよ」
「弦間さんは元々素質があって陰陽道の修業をすることになったのでしょうか。それとも、何かきっかけでもあったのでしょうか」
普通の霊能力者はどういう経緯でなるのか気になる。
「私は、もともとそういうのがわかる人が出る家系で、自分も見えるとわかったら修行に出されたんだ。それからは学校に通いながら修行の日々で、何とか様になって、まあ、やってきている」
しばらくそんな話をしていると道の先に明らかに何かいる家があった。
「ああ、あの家ですか」
「この距離からもわかるのか。そうだ。あの家には、正確にはあの土地には何かある。それなりに湧いているようだ」
湧く。と言うことは自然にそこから発生しているのだろうか。来ているではない。
家の近くに車を停めて、弦間さんは正装に着替えた。平安時代の公家のような恰好で水干と言うそうだ。それから私の方に近づき、手指を動かして印を結び呪文のようなものを唱えた。
「これは隠形術という。大したことない怪奇ならこれで我々のことが見えなくなる」
自分の実感はなかった。これを使えたら便利そうだと思った。
「隠形術というのは、私でも使えるものでしょうか」
「勧めはしないですね。修行したからこそできて、耐えられるものだ。ただ手を動かして言葉を話しているわけではないんだ」
「失礼しました」
「いや、気にしていない。それより、中に入ろうか」
庭に入っただけでいやな嫌な気がする。隅の方に小さな鬼のような形の怪奇が複数たむろしている。大型のヘビのような馬のようなモノが空を漂っている。弦間さんは懐から金剛杵を取り出して小鬼の方を殴った。子鬼は跡形もなく消えた。次いで、九字をヘビのような馬のようなモノに向かって切るとそちらも跡形もなく消えた。本職はやはり違う。
家の鍵を開けて中に入った。中は一般的な一軒家のように見えた。土足のまま上がり、リビングらしきところに行った。ソファの残骸やブラウン管テレビが床に転がっていて、かつてここに家を建てて生活していた人がいたということが分かった。そこの隅にうずくまっている鬼のようなモノに対して、弦間さんは九字を切った。
「今のは九字といって、道教系の呪法だ。このように臨兵闘者皆陣列在前と唱えて四縦五横に切る」
そう言いながらまた別の鬼のようなモノに向かって九字を切る。そこから台所に向かい靄のようなモノに向かって印を結んだ。
「これは急急如律令と言う呪文だ」
靄はあっという間に消えた。
弦間さんはそれなり丁寧に解説付きで怪奇を対処していった。九字と急急如律令、霊符、それから金剛杵での物理が主であった。今回あった怪奇はそこまで強いものではないらしく、そんなに時間を要さなかった。しかし、滅多に見ることができないものだった。
最後に2階の子供部屋にいた呻く音に対して九字を行い消すと弦間さんは「終わりだ。戻ろうか」と言い、2人で玄関に向かった。
(あれ?)
端の方に小さい虫のようなモノが2,3動いている。
「弦間さん、ここの怪奇は対処しなくてもよいんですか」
小さいものは放置しておくのかもしれないと思った。
「ああ、見えますか。相当感度が良いようですね」
そういって金剛杵で潰した。もしかしたらこれを試す目的で呼ばれたのかもしれない。
それから外に出て、弦間さんが普段着に着替えると、駅まで車を飛ばした。
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車中で沈黙が続いた。居心地の良いものではなかったので今朝見た怪奇の話を振ってみた。
「そういえば、私、夢の中に幽霊を捕まえていましてね、明晰夢を見るとそこにいるんですよ。昨夜も出てきましてね。全く思い当たらないのに」
あの杭を抜いたら確実にまた追いかけてくるだろう。
「ほう。幽霊。心当たりがないなら、恨みや呪いの類かもしれない。今日はいいものを見せてもらった。もし必要なら呪詛返しをしてみようか。夢の中に利くか分からないが」
よく分からないが何かいいものを見せたらしい。やはり試されていたのだろう。
「そうなったら、お願いします。どうしたものかと思っていたのです」
「そうか。連絡をここにもらえるか」
そういって名刺をくれた。
「こういう依頼は協会を通さなくてもよいのでしょうか」
ふと思った疑問を聞いてみた。
「協会の依頼以外にも別に仕事をしても問題ない。自分の顧客を持っているし、自分だけの伝手もある。どうしようもないものや依頼先が違うようなものはそちらを紹介しているが」
そういうものなのか。
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駅に着いてから改めてお礼を言い、電車に乗って途中の駅で夕食を食べ、家に帰った。怪奇に対処する方法がわかったと思ったが、素人がすぐできるものではないとわかった。藍風さんといるときに身を守る方法があればよいと思ったが、しばらくは護符に頼ることになりそうだ。夢の中の幽霊はそろそろ鬱陶しくなってきたのでいつか弦間さんに処理してもらおう。ただ、呪詛返しということは誰かに戻っていくのだろうか。幽霊は人や物に憑くから、呪いと弦間さんは言ったのか、本当に呪われていたのか。心当たりはない。そんなことを考えているうちに文松駅に着いた。