第286話 ピンクの絆(前編)
第286話 ピンクの絆(前編)
私の車を壊してくれた犯人は捕まっていない。できることと言ったら一層しっかり戸締りをするくらいである。攻撃の形が目に見える物になったのは、かつての自分であったら何よりもほっとしただろう。曖昧で不安定なものだと、果たしておかしいのは自分ではないだろうかと(実際そうなるような印象操作も行われたが)、自信がなくなり、分からなくなり、まいってしまう。自分がおかしいわけではなかったと、日本の法や倫理と照らし合わせて明らかになるからだ。ただこの時期では遅すぎただろう。
まあ、怪奇の存在が分かったおかげで辛うじて最後のところまで行くことがなかったが、しかし(十中八九奴らの手先によるだろうから)逆恨みというか攻撃の手が予想外のところまで引きずられてきたのは事実である。この件に関してはニコニコ笑って済ませるつもりは毛頭ないが、もうじき捨てても良かった物でもあるから、ここで終わりにする(というのもおかしいが)のなら、後は国家に一任するつもりだ。もし、それを超えたら、私の方からも、あくまで合法に動く必要がある。しかし、この手の応酬が止まることがあるのだろうか。というか、私がしたことは報復や復讐に該当するのだろうか。呪詛返しをしただけだ。どちらかと言えば防御だろう。
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さて、いつの間にか私に公開される協会の情報が増えていた。だから最近は支部に行って過去の報告書や怪奇の資料を読んでいる。交通費はかさむがエアコンが効いているのでまあ、悪くはない。ついでに仕事も1つ見つけることができた。藍風さんの受験勉強は順調ということで、一緒に行くことにした。
当日、朝食を食べてから掃除をして、部屋のセキュリティを再確認してから家を出た。何せ、硬貨虫を含めた怪奇絡みの物は盗まれたら大事である。もちろん普通に金を盗まれても大事である。文松駅まで暑さを感じつつも歩くと既に藍風さんが日陰で参考書を読みながら待っていた。
「おはようございます」
私が近づいた足音で顔を上げた藍風さんは参考書を閉じると、透き通るような声で挨拶をした。夏らしい、町に出かけるときの恰好だ。
「はい。おはようございます」
「車、大変でしたね」
藍風さんが私の目を覗き込むようにして、心配をしてくれる。
「ええ、しかし、幸いにも何も盗まれていませんでした。ああ、これ…」
荷物の中から藍風さんの参考書を出して、渡す。
「他の大物は後でお渡ししますね」
「ありがとうございます」
「あの…」
その先を言おうとして、言い淀む。
「?」
藍風さんの頭に疑問符が浮かんでいるのが分かる。言わないままというのも、悪いだろう。
「大丈夫だと思いますが、一応、気を付けてください。私を狙った行動のようですから、もしかしたら藍風さんの所にも飛び火するかもしれません。申し訳ありませんが」
「はい。そうします」
藍風さんは怯えるわけでもなく、淡々と返事をした。よく考えずとも、怪奇に巻き込まれることに比べれば大したことないのだろう。
ホームで電車を待つ間、私たちは次の生活についてを話題にして、どの辺りのアパートが安いだろうか、会社や学校近くは高そうだ、ラッシュは避けたいと何となく話した。電車に乗ってから藍風さんが受験勉強を頑張っている隣で、私はタブレットで武士道について書かれた本を読みながら、今回の依頼内容を思い出していた。
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P県のP市では、最近ある恋愛のおまじないが一部の女性の間で流行っているらしい。色恋話が大好きな女子中高生の間というよりも、むしろ、20代後半以上の働く女性や主婦、中年女性のあたりでである。
そのおまじないというのは、ある商店街(W通り)を深夜、ピンク色の物を身に着けて通り抜けるとその出口に占い師がおり、結婚していようがいまいが、今まで出会った中で最もふさわしい人物を教えてくれる、というものだ。
この手の話はどこにでもあるし、何かのきっかけでできていつの間にか廃れるものだ。しかし、今回、依頼者の山田さんの知り合い、Fさんがこの噂を確かめると言ってから行方不明になったらしい。噂を出汁にして蒸発したのではないかと考えたが、そういう気配もなかったそうだ。さらに協会が調べた所、他にも行方不明の中年女性が数人いた(この怪奇が原因とは限らない)。
今回私たちがすることは、その噂の怪奇が存在するのか、それからFさんがどこへ行ったのか、確かめることである。ちなみに藍風さんはピンク色の物を身に着けていない。あくまでも巻き込まれないようにして調査することになっている。噂は変質する。




