第283話 善良(前編)
第283話 善良(前編)
歴史に残るような偉大な思想家たちがひとえに偉大なのは、その心持ちにあると思う。すなわち、その手の類の人にはその思いをくじこうとする者が必ずいたはずであるが、相手に毅然とした態度で、意思を証明して、対峙している。無抵抗、不服従はなれ合いではない。それは強いものにだけ取ることができるもので、目指すべき形であると思う。
それを全く、何人かの平均的な善良な人間の振りをして遠回しな嫌がらせを枚挙なく行ってきた。仮に同じことをすれば、奴らのレベルに合わせるのはばかばかしいがしかしそうしなければ収入の低下つまり生存確率の低下につながるからその触りの部分をするわけだが、本人ではなく、別の人間から強い否定が言い渡された。すると、先の人間たちが歩兵のように一斉に向きを変える。
要は、自分たちと違っている所があって、自分たちよりも何か優れる所があるか、そうなろうと努力すること自体が、既に気に入らないのだろう。そして、誰かが標的にしたのなら無条件に自分も攻撃してもよいと思っているのだろう。それでいて、自分たちの牙や爪は決して見せない。あくまでも善良な市民の健全な行動と芯から自分に信じ込ませている。そして同族を徹底的に庇う。目に見える分、ナイフを振り回す人間や人食い鬼の方が相手にしやすい。
そして、この攻撃は相手が土に還るまで止まらないらしい。さらに何十、何百倍にも拡大された逆恨みが重なって、悪のレッテルが貼られたものは悪ではないと自分たちの立場がないからと、あらゆる正当化が施される。雑草のようにどこからでも、いつの間にか、永遠に…。
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最近私は荷造りをしている。気が早いかもしれないが、何故か、引っ越す夢、それが大抵引っ越し当日までに荷造りが終わっていないことばかりで、それどころかその日のうちに家を探さなければならなかったりと段々荒唐無稽になっているのである。さらに昔の家から全く住んだことがない所へと引っ越す(それも何故か成人になってから)ものであることもある。
これは宍戸さんが出くわした怪奇に似ているような気もするが、単に潜在的に引っ越したいだけなのだと思う。だから既に今のうちからやっているわけである。これが結構要らない物を見つけて捨てるのが楽しいし、梱包して、段ボールに詰めてが面白い。部屋も掃除しやすいし一石二鳥だ。知らないうちに硬貨虫のコインは溜まっていた。他にも怪奇から貰ったものや怪奇絡みのものが色々とある。
さて、そのように片付いた部屋の中で夕食後の麦茶を飲みながら協会の求人を探し、ないことを確認してから何をするわけでもなく、Amaz○nで宍戸さんおすすめのホラー映画を見て程よく満足した後、あまりにも暑かったため自転車で外をうろつくことにした。すでに遅かったが翌日予定があるわけでもなかったから、いっそ日が出るまでどこかまで行こうかと思い立った。
夜の静かで(比較的)涼しい町を弱い風を受けながら通っていく。コンビニの中を覗き込もうとする人間の上半身のような怪奇がライトに照らされている。河川敷の藪のところにジャガイモのような肌質の小人が群れて何かしている。信号機から「アーアーアー」と音がする。ヤモリがそこらの壁に貼りついている。同じように壁に貼りついている毛むくじゃらの舌の長い怪奇がじっとヤモリを狙っているが、コレはこちら側にも姿を現している。用水の中を悠々と布のような魚(?)が縦に泳いでいる。
やがて次第に明るさが増していき、その光に透かされる様に怪奇たちが存在を隠していき、私も家までの帰路をのんびりと流していった。シャワーを浴びてから朝食に何を食べようかと考えていた。冷蔵庫の中にある物で用意すると目玉焼きとほうれん草のお浸し、トマト、それに豆腐の味噌汁と野菜ジュース、コーヒー…、魚は昼食にしようか、そう考えていた。しかし、そう上手くはいかなかった。
家の前まで来た時にざわめきが聞こえてきた。嫌な予感がした。駐車場にある私の車のフロントガラスが見事に割られていた。右のサイドミラーはタイヤの横に落ちており、ボンネットには何か硬い物で凹まされた跡が何か所も残っていた。




