第282話 偽霊能力者
第282話 偽霊能力者
「ツァップさん?」
思わず私がツァップさんを見ると、ツァップさんもこちらを見ていた。私からすればGの言うことは半分当たっているが、残りの半分が当たっているのか分からない。
「違い、マス?」
ツァップさんは当惑した表情をしている。それもそうだろう。Gには幽霊が見えていない。
Gは自説を高らかに他の人たち相手に説明している。一緒に来たHとIは頷きながら聞いている。
(どうする?)
否定することは簡単だ。しかし、自分たちが本物だと証明することはできない。だから数の上で劣っている私たちの言うことが信用されるのは、難しい。仮に信用されたとしてもGたちが逆ギレして、3号棟に突っ込んでいくだろう。そうなればミイラ取りがミイラになる。こういうときに使うのは…ドイツ語だ。
「本当、ですか?」
片言のドイツ語で問いかける。ツァップさんは私の意図を察して小さく笑うと真剣な顔をした。
「捕まえている幽霊は、女性です。女子高生かは分かりません」
簡単な単語だけを使ってくれているのがありがたい。
「怒っていないです。楽しんでいます。邪悪です」
「どうしますか?」
「祓います。でも、彼らがいない方がいいです」
確かにそうだ。ストレートな言い方なのは私に合わせているだけだろう。どうしたものだろうか。どうやって彼らを遠ざけるべきだろうか。
「ツァップさん、一人で…」
大丈夫ですか、と尋ねようとして失礼であることに気づく。彼女はプロだ。私が心配するべき相手ではない、だろう。むしろ私がいる方が足手まといと思った方がよいのかもしれない。それでも、ツァップさんの身に何かあるくらいなら…。
「大丈夫ですよ。あれくらいなら」
ツァップさんはさらりと、しかしこちらを気遣うように言った。私は知らず知らずのうちに狼狽えていたようだ。
「それなら、お願いします。私が彼らを何とかします」
上手くいけばよいのだが。
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この手の相手を転がす方法は、相手の妄想に付き合うことである。その場を安全に乗り切ることが最も大切なわけで、相手の症状が深刻になろうが、後に大やけどを負おうがそれは本人の問題である。
ツァップさんが自然に姿を消すようにして(最も彼女は目立つ容姿をしているからいないことはすぐに知られたが、体調を崩して車に戻ったと言っておいた)裏のベランダから3号棟に入っていくのが聞こえた後、私はGの妄想に適当に話を合わせて、A、B、E、Fまでを巻き込んで時間を稼いだ。
これは意外にも簡単であった。何故ならばGの言う専門家は存在しないからであった。Gがメンツを保つにはなあなあのままCとDが戻ってくる必要があった。専門家に連絡するように頼まれたら、電話をするふりだけをして都合がつかなかったとでもいうのだろう。
オカルトライターのAはこの手の話に詳しく、Gの妄想をいい具合に肉付けしていった。件の幽霊は、
・足首というか足が異常に大きく、力が大の大人よりも強い。
・団地を訪れた誰かの前に突然現れて、身内の死を予告する(これはニアミスであった。もともとそういう噂があったのだろう)。
・26という数字を聞くと突然踊り出し、そのままハサミを持って追いかけてくる。
・生前は問題児で他のクラスに突然入って来ては暴れ回っていたらしい。
・そのうち保健室の先生に執着するようになり、その先生は生傷とストレスでおかしくなって自殺した。
・その次は学校近くの小児科医に執着した。
・同じように気に入られると、自分も家族も自殺に追い込まれる。
・そんな人物がいざついに周りの全員から拒絶されると、発狂して、自殺した。
この噂の破綻している所は数多くある。両親は何もしなかったのか、高校にどうやって上がったのかといった現実的な部分が、その当時の社会にそぐわない。作り話には肉付けのために10倍以上の隠れた情報を必要とする。ツァップさんの謳うような朗読を遠くに聞きながらそう思った。ついでに抵抗する件の幽霊のうめき声も聞こえた。
やがてCとDが青ざめ切った顔で3号棟から出てきた。漏らしていたのは言わなくても直にばれただろう。再開を喜ぶCからFまでと一緒に作り笑いをして、Aが早速インタビューをし出して、Gたちは帰り、ツァップさんはそっと車の中に戻っていた。
どうやら噂の半分は当たっていたらしい。その幽霊がここの幽霊を縛り付けている大元で、そのいくつかは生前のソレが原因であった。CとDは気絶していたそうだ。今度Aの書いている雑誌を読んでみようと思いつつ、私は車を市街に走らせた。




