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第277話 裏供養(中編)

第277話 裏供養(中編)


 車は郊外へ続く一本道を走り、やがて山沿いにある雑木林の、その一画にあった鉄塔を囲むフェンスの前で止まった。車から降りた津上さんがその鍵を開けて車を中に入れると、フェンスを施錠しに再び降りて行った。


 また少し車を前に出すと、搬入庫らしき場所のシャッターが自動的に開いた。そこはなだらかに下っており、車が十分通ることができる幅と高さがあった。普段は全く使われていないであろうその道を進み、やがて突き当りに着くと津上さんは車の向きを変えた。古見さんとともに降りて後をついていくとすぐ近くに何の変哲もない扉があった。


 その先のエレベーターにすぐに追いついた津上さんと3人で乗りこみ、古見さんが待ちきれない様子でボタンを押してから数階分は上っただろうと感覚的に分かるころ、そこに着いた。


 そこは短い廊下で、お手洗いや給湯室、倉庫がエレベーター側の壁に並んでいた。反対側には20畳はあるであろう空調の効いた部屋があり、柔らかそうなソファとガラスでできたテーブル、落ち着いた照明のほかに無数のモニターと大きなモニターが1つ、その出力を切り替えるためのボタン、画角を調整するためのコントローラー、スピーカーがあった。そして、そのモニターには老婆を殴りつける顔立ちの整った女性の姿が映っていた。


 「君にはこうした方が分かりやすいかな?」

 古見さんがボタンの一つを押すと、老婆の姿が変わった。人形だ。胸に呪符が貼られている。それと、怪奇だ。幽霊だ。おそらく。


 「あの幽霊は、あの呪符で人形に縛り付けられているのでしょうか」


 「その通り! 流石だ。では、彼女は、いや、彼らは何をしているのか、もう分かるだろうね?」

 小さなモニターには誰かが誰かに攻撃を加えている姿が映っている。


 「裏供養、ですね。つまり、あの人たちの亡くなった先祖、両親をあの世から呼び出して、ソレに対して攻撃を加えている」


 「概ね正解だ」

 いつの間にか津上さんが古見さんの前にいかにも高そうな赤ワインを注いだグラスを置いた。

 「上野さんも飲むだろう?」


 「ええ、いただきます」

 その言葉を聞いた津上さんは同じようにワインを注ぐと私の前に置いた。花畑のような、甘く奥行きのある香りが広がる。


 「裏供養は単純な暴力ではない。あれは復讐のようなものだね」

 古見さんは一口ワインを飲むと続けた。

 「車内でも言ったように、いくつもある家の中には不完全なものが当然存在する。しかし、外側から見たとき、人はそれを完全であるはずと決めつけてしまう。中を見ていないのにだ。特に、幸せな家庭で育った者には分かるはずもない。叱責も親の愛と言った者もいたな。暴力は叱責だと」


 「まあ、そうですね。親のあの行動のおかげで今の自分がある、あの厳しさは自分のためを思ってのことだった、などはテレビでよくある話ですね。むしろ、親のあの行動のせいで今の人生が不利に進んでいる、台無しとなった人もいるでしょう」

 ワインを一口飲む。詳しくなくても値打ちものだと分かる。


 「そう。そこで、だ。そう言った過去を持つ人物を精査して、祖先の誰かが永劫苦しむように祈り、実際に思いを遂げられるように計らうこの行事が、裏供養だ。何、道楽の1つだ。むしろ社会福祉とでも呼ばれたいものだね」

 古見さんがコントローラーのつまみをひねった。


 『それから、買った服全部にけちつけて、しかも捨ててくれたなあ! おい! いじめられるのはお前が悪い? ふざけるな!』

 女が老婆の頭を踏みながら罵倒している。その手に持っているゴルフクラブで尻を殴りながら。


 『お前のためを思ったんだよ…。やめてくれよ』


 『お前って言うな!』


 「一般に、親から不当に扱われた子供が成長すると、自分がかつてされたことを自分の子供にしがちだろう? それしかやり方が分からないのか、自分が苦しんだ分、今度は楽をする番だと考えるのか…、そうやって負が受け継がれていくよりは、その負を当人、と言っても死人に限るが、ソレに返した方が真っ当で、子供が傷つくことはない。間接的な保護とも言えなくないかい?」

 古見さんは自信たっぷりに言った。


 「死人に人権はありませんからね。動物愛護法の範疇でもありませんし、遺体に何かしているわけでもない…」


 「そうだ。それに、存命の人物には危害を加えていない。むしろ裏供養があるおかげで、死んでも逃がさなくてすむと分かったおかげで、我慢して介護をする心の余裕を持つこともできるそうだ。手を出して刑務所に行かずに済む。その人を救っているようなものだ。最も、心の中では毎日早く死ぬように祈っているだろうがね」

 古見さんはモニターを切り替えた。若い男性が老人の顔を何度も蹴っている。


 『何が根性が足りないだ! 気に入らなければ殴りやがって! 毎日殴りやがって、その癖貧乏だったじゃないか!』


 「それに、裏供養の存在を知っていれば、自分の子供だからといって、服従させて暴力を振るい、否定するということもなくなるだろう。何せ、その反撃は死んだ後に永遠に続くのだから。これも、親にとっても子供にとっても、助けになっているだろう?」

 古見さんがワインを飲み干すと、津上さんがすぐ次を注いだ。

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