第275話 黒い傘(後編)
第275話 黒い傘(後編)
やがて人の姿もまばらになり、町の明かりが少しずつ消えていった。居酒屋の河岸を変えて飲み直すような人もいないようで、依然として明るいままであったのはアーケード街の中だけであった。しかしどこか活気のなさが漂っていた。
私と藍風さんは過去に件の老婆が見かけられた場所、人の多い場所とある程度の見込みをつけてそこを通る誰かの腰から肩にかけてを凝視せず、漠然と観察していった。怪奇の姿があればそれはこちら側の、つまり普通のものとは明らかに異なる姿でなくとも、微妙にピントというか像がずれている。しかしどこにでもいるようなモノばかりであった。
終電が過ぎるとようやく町から人がいなくなり、ようやく私と藍風さんもホテルに戻ることができた。藍風さん頼みにしてばかりというのも悪い気がして(結局とどめの部分は藍風さんにかかっていたのだが)、部屋に戻ってからもしばらく窓から下に広がる歩道橋や幹線道路脇の街路樹近くを眺めた。コンビニに出入りする誰かや、やたらと長いひも状の怪奇(視界からその姿が消えるのに1分はかかった。ママチャリくらいのスピードは出ていた)、ネズミやコウモリは見かけたが件の怪奇の姿はなかった。
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翌朝、朝食のバイキングをぎりぎりの時間に食べて(サラダと白身魚がさっぱりとしていて美味しかった)から、私は一人で近場を散策した。昼間の人通りもそれなりで、どちらかと言えば私服の人が買い物に来ているように見えた。観光客にしては歩くのが速い人ばかりだった。
すぐにすることはなくなり、昼食には早い時間であったから、弁当屋に行って牛丼とカップのみそ汁を買って、ホテルの自室に戻った。それから少し考えた。
人が何か意思決定して行動に移すには理由がある。行動、結果を見れば理由が予想できるし理由が分かれば次の行動も考え付く。だから道行く人が観光客でないだろうと推測できた。例の老婆はどうだろうか。人から活力を奪っている。真っ当に考えれば、それを自分のものにするのが目的だろうか。そうなると、人の多いところで一気に、あるいは人目に付かないところでちびちびと、活力を奪うものだろう。しかし、怪奇に理屈は通じない。自分の糧あるいは益にするためにエネルギーを奪うというごく自然な考えとは異なるに違いない。そもそも人外の考えは理解不能だ。だから予測もできない。結局カンと統計に頼るのだろう。
仮眠明けに風呂に入り、缶コーヒーを飲んでから藍風さんと一緒に夕食を食べに出かけた。洋食屋に行ってカルボナーラを頼んだ。具の塩気が少し強かったが、その分スープはあっさりとしていて、サラダもあって、全体でバランスよく仕上がっていた。腹を満たした後は前日と同様に例の怪奇を探して回った。
「しかし、元気のないように見える人の数の割には見つからないものですね」
何となく私が言うと藍風さんは頭の上に小さく疑問符を浮かべてこちらを見た。
「どのように考えたのか、教えてもらえますか」
「はい。例えば50人、元気があるかないか見た目で決めてしまいます。40人がない、10人があるとして、5ヶ月で襲われたとすれば、1ヶ月で16%、1日の内に結構な数が襲われているはずです」
「そういうことですか」
藍風さんは頭が良いから、容易に理解してもらえる。話が楽だ。
「だから実際は数日に1回、まとめて襲っているのでしょう。さらに同じ人を何度もターゲットにするとすればもう少し頻繁に、です」
「今日も出ない日なのかもしれないですね」
「その可能性は大いにあると思います。逆に出現する日なら、満遍なく歩いていればどこかで引っかかるでしょう」
そうやってしばらく探し、前日と同じ公園で休憩をしようとベンチに座ったときだった。藍風さんが「あっ」と短く言った。何かの拍子に例の怪奇にどう対応すればよいか思いついたとのことだった。近くのコンビニで青色のボールペンと栄養ドリンクを買って、持っていたメモ帳に円と三日月型の模様を3つずつ書くとそれを栄養ドリンクの中に入れて、それで終わりだった。唐突に感じないわけではなかったが、藍風さんのやり方では大いにありうることであった。
私が話した雑談の何かが藍風さんのヒントになったと考えれば私も役に立ったのだろう。しかしそれさえも予測することはできない。そういうものだ。




