第274話 黒い傘(中編)
第274話 黒い傘(中編)
私と藍風さんはホテルに荷物を一旦預けてから、M駅前を特に目的がないように振る舞いつつ歩いた。ソレを探すことはもちろん、藍風さんの能力の取っ掛かりを探すことも目的に含まれていた。つまり、ソレを先に見つけたところで恐らくどうすることもできないということであった。最も、ソレを見つけたという取っ掛かりは(藍風さんの経験上)大きいヒント(?)となるから、その後でどうこうできそうではあった。知らない町を夜歩くのは面白いものだ。
「しかし、活気があるのかないのか…」
町を行く人々に何と言うか、元気がない。ある人もいるが、全体的には、元気がない。飲み屋も心なし空いているように見える。
「例の怪奇の影響でしょう」
藍風さんが答えた。
「何ともない人はまだ狙われていないのか、あるいは抵抗力があるのかと言ったところだと思います」
藍風さんの言う通り、夜のどの町にでもいそうな声の大きい若者、大抵毛を染めてだぼついた服を着ているが、彼らの集団が少ない。
「なるほど。それなら、まだ狙われていない、つまり何ともないように見える人を張っていれば例の怪奇を見つけやすいでしょうか」
私が効率よく事を進めようと案を出すと横にいる藍風さんから「うーん」と考える声が聞こえた。
「同じ人を何度も狙うこともあり得ます。だから、ランダムに探すのとそう変わらない気がします」
藍風さんが言うならそうだろう。
「そうですね。単に元気ということで狙うなら、真っ先に私たちのような余所者の所に来るはずですよね」
「はい。気配は感じませんから、近づいてきていないと思います」
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駅の南側を大まかに回った後、私と藍風さんは駅から少し歩いたところにあるベンチに腰掛けてお茶を飲みなから休憩することにした。未成年を連れて気軽に入ることができるような店は少し離れていた。第一店に入った場合、いざソレが見つかった時にすぐに動けない。
藍風さんはベンチに座ると喉を潤し、それからビルの電光掲示板の方を見ながら「今が受験シーズンでなくてよかったのかもしれません」と言った。そこには進学塾の案内が流れている。
「学生にとってはまさに当日こそが勝負の日ですよね。その日に怪奇に巻き込まれたら何とも、因果関係も証明できませんし」
風邪をひいた、電車が遅れた、ならまだどうにかできるかもしれない。しかし、怪奇に関しては公的に認知されていないから、ただ運が悪かったとしか言いようがない。
「社会人にとってもそういう日はありますよね」
藍風さんが透き通るような声で私の意見を求めた。
「はい。社会人になっても試験の日というものはありますし、そうですね、例えば特に大事なプレゼンの日だったり、特に精密な動作を行う日だったり、そういうことはあります。それからプロポーズや大博打や、仕事以外にもあるでしょう」
前職のことを客観的に思い出すと何度かそういう日はあった。まあ、その度に足を引っ張る輩がいたが。直接的な証明ができないという点では怪奇と変わらない。むしろ人間である分タチが悪い。人権がある。それなのに相手、つまり私の人権はないがしろだった。
「私も、そういう日が来ると思いますか」
藍風さんが静かに会話を続けた。その視線が私の方を向いている。彼女がいなかったらどうなっていたことか。
「ええと、そうでしょう。今の仕事を続けるのならそのほとんどはルーチンではないですから。常に未知と遭遇して適切な判断が求められています、よね」
一年足らずの経験で考えるとそうなる。何年もやっているともっと簡単にできるようになるのかもしれない。ならないのかもしれない。
「そうですね」
藍風さんの返事からどちらになるのか読み取ることはできなかった。
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駅の北側にあるビジネス街には帰宅途中のサラリーマンの姿が多く見られた。その割にはほとんどの建物の中に明かりが灯っていた。彼らの足は駅に直行しているようであった。すぐ近くにある居酒屋の方へ向かって行ったのは一組だけだった。
その静かで蒸し暑いビルの間を時に細い道にあえて入り、また大通りに戻ってとまさに縫うようにして私たちは件の怪奇とその対応に活かせるだろう情報を探して歩いた。




