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第273話 黒い傘(前編)

第273話 黒い傘(前編)


 都会の夏というのは粘っこい暑さがビルとビルの間を流れていて、夜になってもその暑さがゴミ臭い建物の陰や黒い埃の溜まった隙間が残っているもので、その熱はふとした拍子に誰かを捕まえてしまうようにも思えてしまう。暗く比較的涼しい空気の中で不自然な温度を感じたら、それは別世界に引き込まれる予兆かもしれない。実際にその類のモノはたまにいて、目の前を通り過ぎる人を撫でて何かを吟味していることがある。


 みーさんはG県と首都を行ったり来たりしている。藍風さんは進学先を色々と考えている。来年から平日にも仕事をできるように出席日数が少なくてもよいところを第一候補にしているそうだ。ツァップさんはお父さんの手術が終わって容態が安定したら日本に戻ってくる。それから桾崎さんも私たちのチームに移籍する。彼女は型通りの成長をするよりも、ある程度型があった中で自由にやった方が良いと弦間さんと嶽さんが話し、当人もそう決めた、とみーさんから聞いた。そんなわけで皆次の生活の準備をしている。そうは言っても本格的に稼働するのは来年度からだから、私は藍風さんたちのいるこことみーさんたちのいる向こうを行き来する生活を春まで行うことになる。


 あまり先のことばかり考えても鬼が笑う。まずは藍風さんと一緒に行く遠方の依頼の資料を読み直すべきだろう。



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 その日私はいつもより早めに起きて、前日までにまとめていたごみを捨てに行ってから二度寝をした。起きた後は朝食兼昼食を多めに食べて、硬貨虫のコイン(桃色の滑らかな模様のないもの)を回収して、藍風さんの夏期講習が終わるのを待った。


 少し早めに文松駅へ向かい、日陰にいる猫を見ているとそこに小さい子供のような怪奇(多分幽霊)が近寄った。猫は本能的な気配で気づいたようで、普通の人には何もいない空間の方に小さく威嚇するとどこかへ走り去っていった。ソレは猫を追いかけて行った。それからすぐ交差点の先に藍風さんの姿が見えた。私が先に来ていることに気づいた藍風さんは信号が青に変わるとタッタと寄って来た。


 その日の講習で何を勉強したのかなど、雑談をしながら電車を待ち、G駅を経由して新幹線に乗り、藍風さんが本を読んでいる横で私もタブレットで弔いに関する評論を読みながら時間を過ごしていった。次第に外が暗くなり、出張帰りのサラリーマンたちが駅弁とビールを楽しみだしたころ、目的地であるM県のM駅に到着した。人混みに紛れてホームに降りた後、大分長いエレベーターに乗りながら私は今回の依頼内容を思い出していた。



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 M県M市のM駅周辺に、妙な噂が流れている。薄紫色の服を着た老婆が現れるという。これまた変な話である。


 まず、M駅周辺という範囲がいい加減というか、漠然としている。駅のすぐ前でも、飲み屋が立ち並ぶ繁華街でも、商店街でも、とにかくどこにでも現れるらしい。


 それから、ソレの容貌は常に一定である。ここの支部の協会員がソレを見たという人物たちにヒアリングをしたのだが、お互いに面識がない誰もが同じ特徴を説明したそうだ。どんな天気でも黒い傘を広げずに持っており、白髪交じりの腰が曲がった、痩せて目が窪んだ、鼻の高い、にやけた口の…。


 普通の目立つ人間ではない。その証拠に、まず複数人でいても見えるのは誰か1人だけである。それから、その老婆は身長50から70cmくらいで、身長と同じくらいの高さだけ浮いている。そして、傘で誰かを突いている。突かれた誰かはどうやら体調を崩す。M駅周辺で調子が悪くなる人が多いこと、被害に遭った人のその後の様子からそう推測されている。


 この怪奇をこの地域の協会員は見つけたのだが、こちらがアクションを起こす前の一瞬の間に姿を消したそうだ。それが何度も続き、人死にが出るわけでもないから大規模な対応を行うこともなく、これまでは放置されていた。藍風さんなら理屈抜きに怪奇をどうにかできるということだ。



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 夕食は駅内にある定食屋で食べた。温ソバとかつ丼のセットを頼んだ。セット物は単品よりも割高だが、栄養のバランスも満足具合も良い気がする。ここのカツ丼は味がさっぱりしているのに米が汁気でぐちゃついておらず、美味しかった。

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