第270話 丸い鏡(後編)
第270話 丸い鏡(後編)
途中で休憩を兼ねて地元のスーパーマーケットに行った。驚いたことに宍戸さんは当たり前のように車から出てきて私たちと一緒に店に入ったのだが、誰一人として気づいていなかった。気配というかオーラを消すことができるのは特技らしい。何でも山手線に乗っても気づかれることはないのが密かな自慢らしい。
やがてシャッターの立ち並んだ寂れた商店街を向け、コンビニが見えなくなり、人家が見えなくなり、自販機さえも見えなくなり、間伐された杉林の横を過ぎて、広葉樹の雑木林が山道に覆いかぶさるようになったころ、目的地の入り口に到着した。誰も来ない、舗装されていない山道の突き当りであった。
「ここから歩きです」
そう言って車のエンジンを切ると途端にセミの鳴き声が車内まで響いてきた。藍風さんがパタンと参考書を閉じた。
「いよいよね。楽しみだわ」
宍戸さんが待ちきれないといった様子で車のドアに手をかけた。
「ちょっと待ってください」
先に降りて少し先を確認する。
「思っていたよりも荒れています。靴と下、必要なら履き替えてください」
少しの間外で待ちながら荷物の確認をする。ただ探し物をするためのものだけではなく、携帯食糧と水、スコップや工具、それから土地と家屋の所有者から一筆貰った書類…、万が一、つまり異界に飛ばされたときにも生き延びれる様にものを揃えつつも、小回りの利くように最小限のものだけを入れておく。ある意味サバイバル感覚だ。
「お待たせしました」
一足先に藍風さんが出てきた。安全靴、長袖長ズボン、軍手、ヘルメットを装備して、足元にはリュックサックが置いてある。
「結構重装備なのね。それにしても桾崎ちゃんの服、かっこいいし可愛いわ」
宍戸さんが装備を慣れない様子で触っている。それでもサマになっているのは流石女優さんと言ったところだろう。
「お待たせしましたっ」
その桾崎さんは鈴懸と水干を足し合わせたような服に小さくフリフリが付いたものを着ている。それでも安全靴とヘルメットをしている辺り、霊能力を引き出せる強さの具合、つまり服装によるバフと実用性を吊り合わせたのだろう。
「それでは、行きますか」
蝉の鳴き声に草木の香りが混ざり合っている。朽葉の上を大きなアリが何匹も歩いている。
私が先頭、桾崎さんがしんがりとなって山道を歩いていく。傾斜が弱く道幅も広く、かつてここを何人もが行き来していたことが分かる。最低限人が歩けるようになっているのは、上に畑や古い墓があるからだろう。
「この辺りですね」
すぐに1つ目の廃屋を見つけた。細い木や草が敷地に生えて、屋根は崩れ落ち苔むしている。同じようなものが点々と遠くにある。
「目的の家はどの辺りかしら?」
宍戸さんが横から私の持っている地図を覗き込んだ。バラのような香りがふんわりと流れてきた。
「もう、すぐそこですよ。ここからだと…、ああ、あの家ですね」
私は廃屋の一つを指さした。他との違いは特にないように見える。土壁に穴が空いて、ツタが這っている。
「特にそれらしい気配は感じません。澄ちゃんは感じますか」
藍風さんの声が後ろから聞こえると、桾崎さんがそれに答える声が聞こえた。
「何となくそれらしい感じが少しだけ…。違うかもしれないですけど…」
流石専門家、頼りになる。
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目的の廃屋に到着した後、私たちは穴に落ちないように注意して中に入った。4人で入ると狭く、床は腐り、柱を蹴れば天井が落ちてきそうなくらいであった。箪笥や食器、布団などは残されていた。最後まで住んでいた誰かが亡くなった後、遺族が物をそのまま置きっぱなしにしていたのだろう。箪笥や引き出しの中には古い道具がいくつもあって、運よく雨風をしのいだ古新聞には歴史の教科書に載っているようなことが書かれていた。物盗りさえも来なかったのだろう。かき集めてマニアや古物商に売ればプレミア物がいくらかあるだろうと思った。
件の丸い鏡は床下に落ちていた。桾崎さんが見つけた。




