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第27話 奇妙なリンゴ

第27話 奇妙なリンゴ


 毎度のことだが、職場の連中は何がしたいんだ?倉庫の電気を消し忘れたことはまあ悪かったとして、たった一度だ。ひとこと言えば終わりだろう。それを大罪を犯したようにつるし上げて、正義面したただの悪意だ。そのくだらない話を延々とする時間が無駄だろう。私、奴、上司の時間が奪われる。その時間を残業代で掛けたらいくらになるのか考えないのだろうか。サビ残だから気にしないっていうのか。そういうのは忘れよう。週末に藍風さんの依頼を手伝うわけだから。藍風さんには頼りっ放しだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 土曜日の朝、藍風さんを家まで迎えに行った。寒い朝だったので車の空調を強めに入れた。門の手前に車を停めて藍風さんを呼ぶとややあってから藍風さんが現れた。車の音で気づいたのだろう。いつもの登山服風にジャンパーを着込んで、厚めの靴を履いていた。助手席に乗り込んでから上着を脱いで後ろの席に置き、体積が減ってちょこん、と座っている様子は小鳥のようだった。そのまま高速に乗り、P県味海市に向かった。


 道中ではあまり話はしなかった。運転はやっぱり苦手だ。藍風さんは窓の外を見ていた。高速を降りてからは多少余裕ができて今回の依頼の話をしつつ、お昼時だったので食堂を探した。味海市は文松町から高速で1時間程度の海あいの市でそこそこ大きく、電車も通っている。丁度良くその海産物を扱っている定食屋があったのでそこに入った。


 「藍風さんはこの辺りはよく来ますか」

 注文が終わって待つ間ふと気になって聞いてみた。テレビからは再放送の旅番組が流れていた。


 「私はあまりこっちは来ないです。どちらかというと遊びに行くときはG市や文松町です。上野さんはどうですか」


 「私は職場がこちらの方面なので手前までは毎日来ますが、ここまではめったに来ないですね。職場の飲み会くらいです」

 通勤は下道だから道も違う。


 「そういえば詳しく聞いたことがなかったですけれども、上野さんのお仕事はどんなお仕事なんですか」


 「そうですね、私の仕事は―」


 そんな話をしている間に注文したものが届いた。2人とも刺身定食を食べた。何の魚かわからないのがおいしかった。



 食事を終えてから海沿いを離れて山間の鹿沢地区に行った。だから車が必要だった。道中は終わりかけていはしたが紅葉を楽しみつつ、目的地に向かった。今回の依頼内容を考えながら車を走らせた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 P県味海市鹿沢地区にある畑に奇妙なリンゴがあったという。そこは個人でしている農家で商用ではないがそこそこの規模で、毎年収穫しては近所に配ったり、ジャムを作ったりしているそうだ。ある日、リンゴを収穫して一段落着いた休憩中に籠の中に枝が3つついていたリンゴがあった。普通に考えて枝は木に着いている所だから1つだけのはずなのに、それぞれがくぼみもある不思議なものだった。裏のくぼみは1つしかないのがまたよくわからなかったそうだ。依頼者の父は少し変に思ったが、形の悪いものは他所にはやれないと思ってその場で食べた、と言う話を依頼者に夕食の時にしたそうだ。


 翌日から依頼者の父の両掌に複数のできものができ始めた。始めは何かにかぶれたかのようだったが、日増しにできものが大きく、赤く、かゆくなっていき、それと合わせて高熱が出始めた。医者嫌いだった彼は市販薬を飲んで寝ていたが、ふと掌を見てみるとできものが人の体のようになっていた。首から下が手からだらりと生えているとでも形容したものだろう。彼はそれをおそらく切り落とし、血まみれの姿で布団の上に倒れているのを家族に見つかった。


 そのリンゴも切り取られたできものも現物は残っていない。できものは再び現れることはなかったが手の神経を切ってしまい、未だに眠りから覚めず、入院中だという。その彼の日記にできものの経過が書いてあったのを依頼者が見つけ、伝手を辿って依頼をしてきた。今回はそのリンゴを畑から探すというものだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 依頼者は中年の女性で、温和な人だった。私たちの姿が見えるとわざわざ道路まで迎えに来て、家に招いて熱いお茶を出してくれた。ありがたく頂戴して再度話をしてからリンゴ畑に行った。リンゴ畑はそこそこ広かったが、集中すれば怪奇の姿は見えた。ただ、不思議なリンゴの姿も、木も見えなかった。


 「藍風さん、それらしいものは見えないですね」


 「私もです。1本1本見て回りますか」


 「そうですね」


 昼過ぎだったのでその日のうちでは暖かかったが、山間であることと時期柄、上着は欠かせなかった。両端から別々に木を見ていった。木にはぽつぽつとリンゴが残っていた。普段見ないので幹の形や枝葉を見ているだけでも面白かった。ただ1周してもそれらしいものは見えなかった。藍風さんもだった。


 一度休憩して再度逆側を見ていった。藍風さんのことだから取りこぼしはないと思ったが、その通りでやはり何もなかった。


 (リンゴはどこから来た?知らずに取って籠に入れたのか、そうではなくて、籠に勝手に入っていたのか)


 そう思い、リンゴを収穫するのに使った籠を見せてもらった。普通のかごで特に何もなかった。私の姿を見て藍風さんが近づいてきた。


 「上野さん、何かわかりましたか」


 「藍風さん、リンゴがですね、依頼者のお父さんが取ったのではなくて、籠に勝手に入っていたりしたのかと思いまして」


 「そうですね、木に生えているとは限りませんでした。それならですね―」

 藍風さんはポケットに入れていた手を出してもごもごさせるとグーパーさせた。寒かったのだろう。もう一度ポケットに手を入れて考え込んだ。


 (リンゴが籠にひとりでに入るのか。上から落ちてきた?籠から発生した?何か別のモノが入れた?)

 

 「リンゴを別の怪奇が籠に入れたということは考えられますか」

 思いついた中から藍風さんに聞いてみた。


 「それもありそうです。そのリンゴやできものが残っていればまだわかったのですが、とにかく、今あるリンゴに異常はないようです」


 ついでに収穫済みのリンゴを確認したが、どれもおいしそうな普通のリンゴだった。



 依頼者には何故そのリンゴが出たのかはわからないが、収穫済みのも木に成っているのも普通のリンゴであること、籠に勝手に入らないように蓋をするのが良いのではないかと言うことを伝えた。翌日も調べに来ると言ったが、どうやら今あるのが大丈夫ということが分かったことで満足したらしい。中途半端に感じたが依頼者がそれでよいと言ったのだからそれで終わった。何故なのかが気になるのが理系の性分だ。依頼者はお礼にリンゴをいくつかくれた。(もちろん謝礼、つまり私達の報酬とは別に)もしかしたら父親の心配をしていた訳ではなく、近所に配る分を心配していただけだったのかもしれない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 文松町に着いて藍風さんを家まで送った。道中、何故リンゴは籠に入っていたのかを話し合った。運転中だったので話に集中できなかったが、こういう話ができる相手がいるのはうれしい。それから家に帰って夕食を食べた。貰ったリンゴはスーパーマーケットのよりも甘みが少しなく水っぽかったがそれはそれで美味しかった。それから掌は痒くなることもなかった。




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