第266話 会社(前編)
第266話 会社(前編)
Guten Morgen. Ich bin jetzt in Deutschland. 私は今ドイツにいる。理由は単純だ。みーさんが新しく会社を興すということでその準備中なのだが、ツァップさんもそこに所属する。ツァップさんは今まで何となく日本に滞在し続けていたわけで、もちろん法的には問題がないようになっているが、家族から「正式にどこかに所属して日本で働くのならば、一度帰国してきちんと説明しなさい」と言われたそうだ。お金は送ってもらえているらしいから家族仲が悪いということはないだろう。ただ、よその国にい続けて、さらに新しくできる会社に所属するとなると、親として心配なのだろう。みーさんは別件で日本を離れられない。藍風さんは夏期講習中で、私は偶々時間があったから、行くことになった。
今回の旅はとんぼ返りの長距離移動だから、持っていくものは手荷物だけであった。ツァップさんは先行していたから、私は行きの移動を一人で身軽に楽しんだ。
ドイツの某空港に無事到着した後、列車に乗って小一時間かけてツァップさんの生家がある町へ向かった。始め、車窓にはビル群が映っていたが、すぐに川や森が見え始めて、石造りの歴史的な街並みへと変わっていった。家の一つ一つがいい意味で近代的ではなく、晴天で、そのまま切り取って絵葉書にできそうなヨーロッパの景色がしばらく続いた。
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駅に着くとツァップさんが待っていてくれた。(当たり前だが)そこの景色に溶け込んでいた。その違和感の正体は少ししてから分かった。服装が、この国のこの年代の女の子のものだからだった。
「お待たせしました」
「全然待っていないデス。家はちょっと歩いたところにありマス」
どんな服装でもツァップさんはいつも通りニコニコと笑っている。家族との団らんを楽しんでいるのだろう。つまり、説明に手間取ることはないだろう。
石畳の上を歩くとキャリーケースがガタガタと音を立てる。人はあまりいない。小さな市場があって、青果店や鮮魚店がいくつも並んでいて、日本にないような物が陳列されている。どこも目移りしてしまう。その横を素通りして、小さな毛玉のような怪奇の横を素通りして、古い教会の向かいの路地を進むと、そこには古めかしい邸宅があった。
「ここデス!」
常々お金持ちだと思っていたが、やはり、家は大きい。ワンルームのアパート20×2部屋+駐車場分の広さ、くらいだろうか。これ以上大きいと現実感がなくなるくらいの、ぎりぎりの広さだと思う。
「お邪魔します」
招かれるままに玄関に向かうと、そこにはツァップさんに顔立ちが似た女性と、ツァップさんに目元の似た男性が待っていた。ご両親だ。
「こんにちは。ウエノです。よろしくお願いします」
「こんにちは。ツァップです。よろしく」
「よろしくね」
簡単にあいさつをして、引かれるままにリビングに向かう。
日本土産の煎餅を渡し、早速本題に入ろうとしたところでツァップさん(全員ツァップさんだが)のお父さんが早口のドイツ語で奥さんに何か言い出した。ツァップさんが何か反論して、お母さんがなだめている。怒っている。まあ、私が入った時から心拍も体温も上がっていたから今まで我慢していたのだろう。何にかは、多少はドイツ語は分かるから、何となく分かる。娘が心配で、男が来たということで誤解しているようだ。事前に伝えてあっても、本番になってつい感情が表に出たのだろう。
「ツァップさん、安心してください。社長は女性ですし、メンバーもほとんどがそうです。私が例外ですね」
私も一緒にフォローする。
「一応、ドイツ語は少しだけ分かります。英語で話してもらった方が助かりますがね」
ツァップさんが私を見て、大きく目を開くと早口で両親に何か言った。「違う」と聞き取れたが、合っているか自信がない。それを聞いたご両親もまた音を潰すように返事をして、そのやり取りが2,3あった末に、お父さんが「問題は解決した」と顔は笑いながら英語で言った。
「それはよかったです。それでは、私たちの新しい会社ですが、こちらの資料をご覧ください」
みーさんが準備した資料をご両親に渡すと、お母さんが丁寧にそれを受け取って、さっと目を通し始めた。
「細かいデータは書いてある通りです。現在私たちはG県を拠点として、主に協会を介してその地区で発生している怪奇に対応しています」
「協会…、ケイテが今入っている所だね」
お父さんが一人納得をして―ではない。英語、ということは私に話しているということだ。
「はい。その問題点として、個々の活動がメインとなってしまうことが挙げられます。それではせっかくの能力を十分に生かすことが難しい場合があります。そこで、今回新しくチームを作って、より効率よく、安全に、規模の大きい仕事に着手できるようにと考えました」
これはみーさんの受け売りだが、事実でもある。
「また、協会からの依頼のみならず、自分たちでも独自の仕事を探すことで安定した収入につながります。そのために、拠点を首都に移します」




