第261話 小旅行(中編)
第261話 小旅行(中編)
その次に向かったのは全国的に有名な神社であった。車から降りたときは暑さとミンミンゼミの鳴き声が押し寄せてきたのだが、神社の敷地内に入ると不思議と静かに、涼しくなった。まずは3人とも(多分)合格祈願をして、私も仕事が上手くいくように、縁に恵まれるようにとお願いして、お守りを買った。効果があるのか、怪奇の存在を知った後では気になるところがあるが、気持ちの問題だろう。
それから、境内を歩く3人の後ろをのんびりとついていった。いくつもある社殿は歴史的な価値があって、見ているだけで何だか高尚な気分になった。銅板葺の屋根の隙間から細長く平べったい布のような怪奇がはみ出していて、ソレを避けるように神主が歩いているのを見た。興味本位で集中して境内を見てみたが、神様をお見かけすることはできなかった。いらっしゃらなかったのか、見えないところにいたのか、私がソレを神様と認識できなかったのか。
境内のすぐ外にはお土産屋があった。3人がそこでソフトクリームを食べている間、私は少し離れた所で缶コーヒーを飲んでいると、3人の方を若い男たちがチラチラと見ているのが見えた。見た目だけで判断するのも失礼だが、3人がああいう人間たちと関わらないように自分がいるのだろうと自然と思った。私が3人のところに戻ると男たちは散って次を探し始めた。父性?
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私たちが泊まる宿は(少し離れていたが)海が見える小さな旅館で、時期が外れていたから私たちのほかの宿泊客は老人だけだった。3人は広い部屋で同室、私はその隣の2人用の部屋を贅沢にも一人で使った。夕食の前に浴場に行ったが、誰とも会うことはなかった。お陰で足を伸ばしてゆっくりと浸かることができた。
夕食は個室に用意されていた。タイの塩焼きや刺身、茶わん蒸し、ゴマ豆腐など和食づくしで実に美味しかった。ビールがあれば最高だったが、何があるか分からないから自粛していた。それが結局功を奏した。
湯上りでさっぱりした3人も(化粧をしていないのだから急に顔が変わったわけでもないのにこう、さっぱりしたと分かった)、楽しそうに夕食を食べていた。シャンプーやせっけんや花のような香りが食べ物の匂いと熱に混ざって、部屋の中は濃い甘ったるさが充満していた。
部屋に戻った後、特に急ぎですることもなく、私はPCで動画を見てのんびりとすることにした。しかし、すぐに飽きた。せっかく旅先にいるのだから、海辺を歩こうと思い立った。藍風さんたちに外に出てくると連絡を入れて、玄関で靴を履いているとき、後ろから藍風さんがやって来たのが分かった。
「上野さん、私も行きます」
急いだのだろう。私服に着替えている。
「分かりました。城山さんと江崎さんは…」
「2人は、詩織ちゃんが食べ過ぎたみたいで横になっています。大したことはないのですが、今、真奈ちゃんが看ています」
「それならコンビニにでも行きますか。胃薬か何かあるでしょう」
「はい。ちょうどお願いしようと思っていたところでした」
藍風さんと夜の潮風の中を歩く。既に人の姿も車の影も見えない。近場のコンビニは海と反対側にあるが、海に絶対行きたかったわけでもない。波の音が遠くから聞こえてくる。そこに混ざって呻き声らしい怪奇の音が流れてくる。二人とも特に沈黙が気にならない性格だから、コンビニまでは特に何を話すこともなかった。
胃薬とついでに缶コーヒーを買った後、私と藍風さんは元来た道を戻った。不意に、強い風が吹いた。藍風さんの方を見ると、目が合った。透き通った瞳がこちらを見ていた。
「藍風さん」
「はい」
「今の、友達や近所の人、文松町の人とこれからも一緒にいたいですよね」
「…はい」
ごく当たり前の質問で、返事も当然のものだ。
「それなら、大丈夫です」
「それでももし、上野さんが首都に出たいのでしたら、私も行きます」
藍風さんの顔は、もう決めたとはっきり伝えてきた。
「そう…ですか。大丈夫ですよ。もし、必要なら私一人でも…」
「大学生になれば、どちらにしても文松町から離れることになります。少し早くなるだけです。私も都会は好きです。だから、上野さんが決めてください」
私が藍風さんの人生を決めて良いものか、分からない。しかし、当人がそういうのなら、そうさせてもらおうと思う。
「それなら、一緒に行きましょう」
「はい」
藍風さんは心なしか嬉しそうな声で返事をした。
江崎さんの食べ過ぎは、旅館に戻った時には治っていた。
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少し前にみーさんから首都に新しく会社を興そうと思うと言われた。怪奇に対応するのに個人でするよりもチームで行動した方がよい、他の○○道のように集団を作って協会からの仕事を受けつつ、新規に仕事を獲得したいということであった。そこで、藍風さんと一緒に立ち上げのメンバーになってくれないかと頼まれていた。
藍風さんとこのことを話すタイミングは何となくつかめなかった。藍風さんは受験生で、それから文松町に家があるから、そこにいた方がドタバタすることもなく平穏であろう。それが気がかりであった。しかし、都会に戻りたいとずっと思っていた。
私たちの次は、ごく短い会話で、特に意見がかみ合わないこともなく、すんなりと決まった。




