第260話 小旅行(前編)
第260話 小旅行(前編)
藍風さんの学校が夏休みに入り、一緒に遠くの依頼を受けることができるようになった。今年は受験勉強もあるからスケジュールに余裕を持たせているらしい。依頼が長引くと予定通りに行かない場合もある。流石に何も勉強しなかった、などとなるのはまずいだろう。
もう一つ、藍風さん(と私)には仕事に入る前にやることがある。藍風さんとその友達の城山さん、江崎さんの3人(と保護者的役割の私)で小旅行に行くのである。始めのうちは、3人は3人で楽しんでもらって私は遠くから見ていればよいと思っていたが、何かあった時に向こうさんの保護者に殺されかねないということで、程よく遠くから見ていることにした。少し気まずくもあるが、何とかなるだろう。多分。
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その日は朝から天気が良く、絶好の旅行日和であった。私はいつも通りの朝を過ごして、それから文松駅まで行き、そこでレンタカーを借りた。私の車に4人+荷物は少し狭い。最近の車はやたらハイテクだと感心しつつ、藍風さんの家に向かうと門の前には既に3人が待っていた。
「よろしくお願いします」
車から降りると藍風さんが寄って来た。半袖の白いYシャツにゆったりとしたカーキ色の長ズボンを履いている。
「こちらこそよろしくお願いします。荷物は玄関でしょうか」
「はい」
藍風さんは淡々と言った。その後ろから顔を覗かせているのは江崎さんだ。
「お願いしますっ」
江崎さんはTシャツに短パンで、日焼けした肌がすらりと表になっている。実に健康的だ。中学校に閉じ込められた後から変になつかれている。元々明るく人懐っこいのだろう。そのまた後ろにいるのは城山さんだ。
「お願いします」
城山さんは青を基調にしたワンピースを着ている。大人しい性格であることに加えて、中学校に閉じ込められたときの色々があったから、しばらくは警戒されていた。今はもう、道であったときに少し話す位の間柄にはなった。江崎さんが一緒にいることが多いからその影響だと思う。
藍風さんの家に入るのも久々だ。と言っても玄関だけだが。ありがたいことに重い荷物は台車に乗せてあった。荷物を全て運び終えると、藍風さんは玄関と門を施錠して、それから後ろの席に座った。城山さん、江崎さん、藍風さんと3人並んで座っても、3人とも年相応かそれ以下の体格だから、余裕そうだった。
車を走らせ出すと、後ろから若干遠慮しがちな感じの会話が始まった。それでも徐々に(多分)普段通りになっていった。私は時々藍風さんや江崎さんが質問してくるのに答えながら、高速道路を飛ばしていった。
「ねえ、昨日見つけたんだけど、この雲、猫に似てない?」
江崎さんが(多分)自分のスマホを2人に見せている。
「あ、ホントだ。可愛い」「可愛いねー」
「詩織は猫好きだもんね」
城山さんは江崎さんと小さいころから仲が良い。だからそういうことも詳しいのだろう。
「うん。でも飼えないんだよねー。知都世ちゃんは独り暮らしだし、おうち大きいから飼えるんじゃない?」
「私も猫好きなんだけどね。一人暮らしだと難しくて」
藍風さんがそう答えたが、正確には一人暮らしだからではなく、一人暮らしでかつ家を空けることが多いから、だろう。
「そうなんだー」
このような感じのふわふわとした会話が幾度となく繰り広げられていた。女の子らしく、中学生らしいものだ。
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S県のS市で高速道路を降りて、始めに向かった場所は定食屋だった。早めの昼食をそこで食べた。手作りの旅行のしおりに書いてあったように、そこは人気であったが、運よくすぐに席に着くことができた。おろしシソのから揚げ定食というのを選んだが、さっぱりとしていて女の子ウケもするし、男が食べても満足のいくボリュームで、なるほど人気なわけだと思った。実際、隣に座った藍風さんも同じものを食べていた。




