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第258話 暑気払い(前編)

第258話 暑気払い(前編)


 暑気払いの会場はやや郊外にあるイベント用の建物で行われた。そこは出入口のある建物と、そこから繋がる広い庭からなっており、上から見ると建物がロの字の形となっていた。専ら企業研修や写生のレッスンなど、人目を気にしないで外で何かするにはもってこいの場所であった。


 私はその建物の屋上からエントランスに向かう人を観察していた。下から楽しそうにバーベキューの準備をする声がしていた。


 Sさん曰く、もし彼らと契約をしていたら首のどこかに小さな独特のあざ(雫型が斜めに切り取られたような形)ができるということであった。問題は首のどこにあるのかがはっきりしないことと、何人かでまとまって来られると、とても時間をかけて見ていられず、死角が生じることもあることだった。

 その上、一度入った後にまた出てまた入る人たちがいて(道具や食材の搬入のためだろうが)、どの人のどこを見たのか分からなくなった。さらに、隠されているということは相当集中しないと見えないということで、延々とその状態を維持するわけにもいかず、何度か力を抜く必要があった。



 やがて、ソーセージや牛肉の焦げ混じりに焼ける匂い、野菜の甘い匂い、ビールの匂いが煙と一緒に上まで立ち上ってきた。私は変わらず屋上にいて、途中で買ったサンドイッチとお茶で夕食を済ませた。下に混ざることができたら美味しいものを食べることができて、ビールが飲めて、良かったことだろう。首のあざの確認はもちろん続けていたが、知って1時間程度の人たちの区別はつくこともなく、堂々と下を見ていれば気づかれて騒ぎになると予想できたため、確保できた視界の中を行き来する人の首を見るにとどめた。


 それがずっと続いた。曇りがちであったことは幸いだった。途中、社員による出し物が披露された。流行りのネタ、パントマイム、ジャグリング、曲の一節、モノまね…、和気藹々としていた。こういうときに少し熱っぽい人がいると若手全員でダンスだの、合唱だの、碌でもないことを考えて誰もが得しないものだが、その手のことはなく、サラッと終わった。「課長、また去年と同じですかー」と聞こえてきたから、多分入社してすぐの人(実際若めの人が多かった)と希望者がやるのだろう。一番受けていたのは泥酔した上司とシラフの部下のかけあいだった。アドリブで飛び込んだ上司を止めにいった部下はそこで巻き込まれて、それでも上手く返事をしているのに、上司のそのまた返しが頓珍漢だから、本当の漫才を聞いているようであった。


 暗くなると各々が好き勝手にやり始めていた。花火をし出したり、焼きそばを作って自分で食べたり、椅子に座って真面目な話をしたり、とても目が追い付くものではなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そして、ようやく、機会が訪れた。庭の照明を焚いて全員が、いや、カメラマンを買って出たSさんを除く全員が視界の中に集まり、整列した。


 (どこだ?)

 集中して、一列目…いない。


 「すみませんもうちょっと真ん中に寄ってくださーい」

 二列目…違う。


 「カメラ後ろに下げればいいよー」

 次、動かないでほしい。…違う。四列目…いた。見つけた。


 「じゃあ撮りまーす。はい」

 若そうな女性だ。茶髪で、カメラ映りを気にして前髪をいじっている。


 「S、急げって」

 Sさんの同僚か上司かわからないが、Sさんを自分の隣の空いた場所に手招きしている。


 「3、2、1…」

 カメラのタイマーがカウントダウンを始めて、フラッシュが焚かれた。Sさんがカメラの元に駆け寄った。


 「オッケーでーす。お疲れさまでしたー」


 幹事が閉会の挨拶を始めた。屋上から、そこへ向かう階段へ戻る。その踊り場でSさんは待っていた。緊張した面持ちだ。


 「見つけました」


 「ああ、よかった…。この写真の、どの人、ですか?」

 Sさんの顔は今までずっと、表の顔と怪奇の顔の表情が一致していたはずなのに、違っている。表では心配事がなくなってほっとした顔をしているが、本当は…、怒りだ。自分の怪奇としての矜持なのか、公平で対等な関係を裏切られたことなのか、分からないが、静かな怒りに満ちていた。


 「その前にすみませんが、特定した後に何をされるか、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

 感情の向かう矛先と、その矛の形次第では…。懐に片手を入れる。

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